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『形式犯』と『実質犯』および『新聞倫理綱領』と法の『正義』

2011/10/24 03:30

 

小沢一郎様へ

 

言論・表現の自由と新聞記者の権力が、『快楽主義享楽主義快楽を追求して苦痛を避けることが人生究極の目的であり、快楽を得ることを善とする道徳の原理であるとする考え』に因り『構造化されたレッテル集団特定の人物などに対して、或る意図・下心・思惑を持って、幾つかの情報を寄せ集めて組み立てた一方的・断定的な評価をつけて拵えられた風評を流布することを業務と考えている、組織化された集団または相互の情報交換に長けた烏合の集団』と係わり合いを持つとき、新聞倫理綱領の立前が如何に簡単に蔑ろにされてしまうかを2011年10月20日16時から行われた、自由報道協会主催の小沢一郎民主党元代表・全国民同時参加型記者会見の模様を通じて識者は知ることができると、私は推察します。

http://www.pressnet.or.jp/info/rinri/rinri.htm

http://iwakamiyasumi.com/archives/13713

 

政治資金収支報告書への『不実記載』について、有価証券報告書の虚偽記載と同じようなものだから、『形式犯』ではなくて『実質犯』を構成し、投資家が判断する材料として、有価証券報告書の虚偽記載は許されないという趣旨で、読売新聞の記者が頓珍漢な主張をしていましたが、大辞林に依ると、『形式犯』とは、「一定の行為の存在があれば足り、法益に対する侵害または危険の発生を必要としない犯罪。駐車違反など行政取締法違反にその例が多い」と解説されており、他方『実質犯』とは「一定の行為がなされるだけでなく、法益の侵害または侵害の危険性の発生を必要とする犯罪。結果犯」と解説されております。

 

因みに、『政治資金規正法違反』は、被害者を特定して、その法益の侵害または侵害の危険性が発生したことの検証を必要としないから『形式犯』であるが、然し、刑法第38条に「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない」と言う規定があり、『形式犯』と雖も「罪を犯す意思を有した行為」で在ることを立証できなければ立件できないのは因果の法理に照らして合理的な法解釈である故に、政治資金規正法による収支報告書に『不実記載』の疑いはある場合は、先ず「犯意の有無」を確認して、単なる誤記入の場合は修正すれば、一般的に犯罪は成立しないでしょう、たぶん…。

 

体は心に依存し、心は財布に依存している。

邪悪な心、諍い、苦悩、空の財布のうち、空の財布が最も人を傷つける。

政治と金は、邪悪でも呪いでもなく、それは人を祝福するものである。

法は光明を投げかけ、政治と金は暖かさを投げかける。

 

 政治団体が、政治活動を実施するには、自動車や事務機器などの『動産』と土地や建物などの『不動産』が必要であると云う『事実』と、政治資金を『管理利用または改良や現状の維持などを図る事様』するには当然であると云う『事実』を『因果の道理』に照らして考えると、政治活動を実施するための政治資金を『管理』する手段としては、『動産』か『不動産』なのかを問わず対象の物件は、購入して保有する方法と賃借する方法が一般的であり、さらに、現金か有価証券なのかを問わず対象とする金銭を自分で保持する方法と銀行などに預けて信託する方法が一般的だと、私は理解します。

 

故に、政治団体が不動産の寄付を受けるのは構わないが、不動産は政治資金で買うモンではないとか、政治資金で動産を買うのは構わないが、不動産は政治資金で買うモンではないという考えは『邪見因果の道理を否定する考え・見解・論説』や『悪見因果の法理に背反する考え・見解・論説』の類に過ぎないと、私は判断します。

 

 何れにしても、政治資金規正法の目的と基本理念を遵守して『自由法律の範囲内で許容される随意の行為の事様』・『公正偏りがなく公平で正しい事様)』・『明朗(内容をはっきりと示して、嘘や誤魔化しが無い事様』の三原則に沿って効率的に政治資金を『管理』し、『規正規則に従って、悪い点を正し改める事様』して国民に対して『事実』を記載した収支報告書を公開し、不動産は政治資金で買う政治家が嫌いな人は、そのような候補者と仲間には投票しなければ良いだけのことだと、私は判断します。

 

然し、『快楽主義享楽主義』と国会議員・検察・裁判官の権力が、『構造化されたレッテル集団』と化した大衆通信媒体と係わり合いを持つとき、法の『正義正しい意義・正しい解釈』が如何に簡単に忘れられてしまうかを、陸山会政治資金規正法違反事件を通じて識者は知ることができると、私は推察します。

 

 因みに、政治資金の収支の摘要について明朗に記載されていたと思しき陸山会の収支報告書に『不実記載』は不在だと信ずるが、仮に『不実記載』が存在しても、当事者に「罪を犯す意思の有無」を確認して、単なる過誤の場合は修正すれば、一般的に犯罪は成立しない筈なのに、いきなり強制捜査を実施して当事者を逮捕し、自白を強要した東京地検特捜部の行為と、その手続を令状で許可し、裁判で是認した東京地裁の判事の行為は、政治資金規正法の目的と基本理念に悖り、自由・公正・明朗な政治活動を弾圧した危険性が高いと、私は判断します。

 

然も、『合法行為(法規に適っている事様で為す、権利の得失・移転など法律上の効果を生じさせる原因となる意思活動)』を、恰も『犯罪(刑法その他の刑罰法規に規定する犯罪構成要件に該当する有責かつ違法な行為)』のように論い、他人の信用を毀損する『虚偽の風説』を流布する行為は刑法に違反する『犯罪』に相当すると、私は判断します。

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『宇宙・生命・世界に関する諸法と実相に係わる用語の定義と解説-その9』

2011/06/14 08:17

 

人間は誰しも、現世と来世に被る幸福・利益・恩恵、即ち、『福利』の享受を願望するが、福利は前世および現世の業務で積み重ねた善行、即ち、『功徳』を因縁とする果報であり、さらに、功徳とは宇宙・生命・世界に関する諸法正義秩序を基調とする業務活動を因縁とする果報実相であることの前提となる宇宙・生命・世界に関する諸法実相に係わる信用保障と情報保障および生活保障や安全保障と危機管理は、必須の要素である。

 

今回も、生活保障や安全保障と危機管理の本拠・根拠である信用保障と情報保障に理解を深めて納得できる健全な体勢の構築に関与する事を目的として情報素因となる事柄についての用語を定義して解説する。


≪その8の続き≫


44  『逸脱許可』と『特別採用』の解説の続き:

 

2001年9月12日に採択された『国際連合安全保障理事会決議1368』の第3条「すべての国に対して、テロ攻撃の実行者らを法に照らして裁くために緊急に取り組むことを求め、これらの者を支持又はかくまう者はその責任が問われることを強調する」という目的を達成する方便として、国連安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、米国の個別的と有志同盟国の集団的自衛に基づいて無理ムリムラ無駄ムダ極小化を計り、警察権を逸脱するが交戦権との中庸を得て最適化のための戦略として不朽の自由作戦(OEF)が実施され、且つ、テロ対策特別措置法が、憲法の正義に関する逸脱許可に係わる特別措置として主権者たる国民の投票で最終決定されることを前提として、法案が提出された当時は、暴力装置たる自衛隊が直接戦闘に参加する覚悟を持って正々堂々と不朽の自由作戦(OEF)に参加すべきだという趣旨の意見を『自由党ひろば』に投稿していた記憶が、私にはある。


然し、2001年12月に採択された『国連の安全保障理事会決議1386号』に基づいて、アフガニスタンの治安維持・非合法武装集団の解体などを支援するために設立され、国際平和活動のひとつを実施する軍隊が如き『国際治安支援部隊International Security Assistance ForceISAF)』が編成され安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を執ったと思しき状態になっても、米国個別的自衛権と有志同盟国の集団的自衛に基づく戦争を継続している不朽の自由作戦(OEF)の実態は、国連憲章の正義に悖り、米国の覇権主義に阿る詭道邪道外道非道悪道の所業であり、国連憲章の正義に基づく国際法を謗る覇権主義を供養する者は必ず極道獄道に堕ち、極道獄道を闊歩する者が蔓延る国家は必ず大災難に遭遇して滅亡すると、私は推察する。


また、固定概念に篭り経アヒル心理経アヒル思考経に拠ると思しき小泉純一郎さんを総裁とする自民党政権と総理大臣とする内閣は、“場外れ”の越権命令の“出しっ放し”且つ違憲行為の“遣りっ放し”の無責任状態で、軍事オタクと思しき“防衛庁長官の石破茂さんの弄する詭道戦略詭道戦術に依り、心理経に錯誤を来たし思考経が錯乱した日本国民の大勢は、邪道外道非道悪道極道極道に誘致されたのは、道・天・地・将・法の五事に照らして明瞭な事実であると、私は察知した。


尚、2001年9月11日の米中枢同時多発襲撃事件を首謀した容疑者とされたウサマ・ビンラーディンさんは家族と共にパキスタンのイスラマバード北方の豪邸に潜伏していたところを襲撃した米海軍特殊部隊(United States Navy SEALs)の隊員が頭部を銃撃し2011年05月1日に殺害したことを、「正義は遂行された」と米国大統領のバラク・オバマさんは声明で語ったと伝えられているが、何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定されるが如き子の概念を知覚して認識する『推定無罪の原則』に立てば、「正義は遂行できなかった」というべきだと、私は理解する。


故に、米国個別的自衛権と有志同盟国の集団的自衛に基づく不朽の自由作戦(OEF)と日本政府も参加した不朽の自由作戦‐海上阻止活動(OEF-MIO)に関係する情報を総括してみると、正確度P<0.5
であり、変化容量:エンタルピーS1.0と、影響力量エントロピーE<-0.5で、実効係数加重係数Q100、仕事能力当量EQM<-50となり、国際社会の基本秩序を大幅に壊乱し、暴力装置による脅威や暴力装置の行使をする相手に対する人々の恐怖が如き概念を知覚して認識する『テロルTerror』は却って高揚したと、私は推察する。


また、自民党公明党の連立政権は、正確度:P<0.5の情報に踊り、変化容量:エンタルピー:S≫1.0と、影響力量:エントロピー:E≪-0.5で、実効係数:加重係数:Q=100、仕事能力当量:EQM≪-50の状態で、憲法の定める統治の基本秩を大幅に壊乱した“場外れ”・“遣りっ放し”の状態だから、実質的な責任能力工程能力指数は、『悪道(畜生界・餓鬼界・地獄界に繋がる道)』に過ぎないのは明瞭な事実だと、私は理解する。

 

さらに、別件で“和が道具”を標榜する国連憲章の正義に悖る米国を枢軸とする侵略同盟諸国は、不朽の自由作戦OEF)の延長線上で、2003年3月17日にイラクに対する先制攻撃となる空爆を行った後に米国大統領のジョージ・ブッシュさんがテレビ演説を行い、イラク大統領のサッダーム・フセインさんとその家族は48時間以内にイラク国外に退去するよう命じて全面攻撃の最後通牒を行が、然し、徹底抗戦を主張するイラク大統領のサッダーム・フセインさんが応えなかったため、2日後の3月19日(アメリカ東部標準時)に予告どおり『イラクの自由作戦Operation Iraqi Freedom(OIF)』と名付けた侵略戦争を開始したのは紛れの無い事実だと、私は理解する。


因みに、イラクに対する侵略戦争を開始する際に、覇権主義者の米国大統領のジョージ・ブッシュさんが唱えた大義名文は、「イラク大量破壊兵器の保有を過去公言し、且つ、現在も保有して世界の安保環境を脅かしており、イラク側は査察に積極的な協力をしていない」と「イラク大統領のサッダーム・フセインさんと2001年9月11日の米中枢同時多発襲撃事件の実行組織と目されるアルカーイダが協力関係にある」というの趣旨だが、湾岸戦争後の1991年に設置されたイラクの戦略兵器の処理を監視するための組織である国際連合特別委員会;United Nations Special Commission(UNSCOM)主任査察官のスコット・リッターさんや、国際原子力機関;International Atomic Energy Agency(IAEA)事務局長のモハメド・エルバラダイさんらは、イラク大量破壊兵器を保有している可能性に関して当初から否定的であったと、私は理解する。


一方、覇権主義の米国に追従する“バッタードポチ”と思しき日本国内閣総理大臣の小泉純一郎さんは、2003年3月20日(日本時間)に記者会見をして「1時間ほど前、アメリカイギリス始め、同盟国がイラクヘの武力行使を開始したという報告を受けまして、この際私は日本政府の立場を明らかにして、国民の皆様の御理解と御協力を得たいと思っております。(中略)日本政府はこれまでもイラクに対しても、また、アメリカイギリスフランス等に対しましても、平和的解決が最も望ましい、そういう努力を最後まで続けるべきだと訴えてまいりました。しかしながら、事ここに至って、残念ながらイラクはこの間、国連の決議を無視というか、軽視というか、愚弄してきました。十分な誠意ある対応をしてこなかったと思います。私はこの際、そういう思いから米国の武力行使開始を理解し、支持いたします。(中略)今回ブッシュ大統領いわく、これはイラクの武装解除を求めるものであり、イラク国民に対する攻撃ではないと。イラク国民に自由を与える、将来豊かな生活を築き上げるような作戦だと言っております。私もそうだと思います。日本としても、この米国ブッシュ大統領の方針を支持してまいります.(以下省略)」と云う声明を発表して侵略戦争を理解して支持したのは公知の事実だと、私は判断する。
http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2003/03/20kaiken.html

 

イラクに対する侵略戦争でフセイン政権が崩壊し、2003年5月1日の戦闘終結宣言によって、侵略同盟軍の圧倒的勝利という姿で形式的には終了し、2003年5月22日に採決された道・天・地・将・法の五事に悖る国際連合安全保障理事会の決議1483号に基づいて、イラクへの経済制裁を解除するとともに、米国の復興人道支援室;Office of Reconstruction and Humanitarian Assistance(ORHA)から発足した連合国暫定当局;Coalition Provisional Authority(CPA)に対し、安全保障理事会の占領軍としての特別の権限を承認し、米国の復興人道支援室および連合国暫定当局の統治下に入って復興業務が行われることになり、米軍がバグダッドに進撃すれば市民は諸手を挙げて歓迎し、米軍と共にフセイン体制打倒に決起するだろうと期待したと思しきブッシュ政権の“下心”・“思惑”は、後に大外れの果報をもたらしたのは公知の事実だと、私は理解する。


尚、2004年10月には、アメリカが派遣した調査団が「イラク大量破壊兵器は存在しない」との最終報告を提出し、また、2008年3月、国防総省は正式に「フセインとアルカーイダの関係を示す決定的証拠はない、認められるのはパレスチナ武装勢力との関係のみ」とする報告書をまとめたことに依り、イラクに対する侵略戦争を開始する際に、覇権主義者の米国大統領のジョージ・ブッシュさんが唱えた大義名文は、すべて破綻したことは公知の事実だと、私は理解する。


因みに、2009年1月に米国大統領のジョージ・ブッシュさんは、最後の記者会見で、イラク侵略戦争の『戦闘終結宣言』(2003年に行ったのは誤りであった事を認めたももの、“対テロル戦争War on Terror”は正当化を唱えるなど、イラクイラク侵略戦争に関係する米国の情報を総括すると、正確度P≒0
であり、変化容量;エンタルピーS≒∞、白熱指数エントロピーE≒-1、実効係数加重係数Q100、仕事能力当量EQM≒-100の状態で、国際社会の基本秩序を大幅に壊乱し、テロルTerrorは極限まで高揚したと、私は推察する。


故に、道・天・地・将・法の五事に沿って観念すれば、イラクの占領政策に対してイラク国内および国外においてムスレムの集団による暴力装置を用いた抵抗運動は必然的に激化し、開戦から足掛け8年後の2010年8月31日に米国大統領のバラク・オバマさんの正式な『終結宣言』を以って終戦は為されと見做されるが、イラク侵略戦争を計画・開始・遂行した容疑者と、その目的で共同の計画や謀議に参画した容疑者の平和に対する罪人道に対する罪を裁くための国際軍事法廷を設置し、犯罪者を処刑して“和が道具”の国際秩序を回復維持しなければテロル対策Terror Preventive Measuresは完了しないと、私は推察する。


余談だが、某経新聞のワシントン駐在編集特別委員兼論説委員として、固定概念篭り経アヒル心理経アヒル思考経の三経に拠ると論法に篭る記者は、イラク(侵略)戦争では、米国が苦戦すると予想した論者を『恥辱の殿堂』に置くべきだと主張したと云うが、長期化して米国が苦戦した現実に際しても自らが『恥辱の殿堂』に篭ることなく、相変わらず三経に篭る国際問題評論家として活躍している事実を観察し、“和が道具”の支持者を自称する私は己の業務に関係する出処進退諦めた…。

 

一方、米国覇権主義者の“バッタードポチ”と思しき小泉純一郎さんを総理大臣とする内閣は、米国主導のイラク占領政策に追従するために、『イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法;略称 イラク復興支援特別措置法』の法案を平成15年(2003年)6月13日国会に提出し、同年7月26日未明に4年間の時限立法として成立したのを受けて、同年12月19日 航空自衛隊の先遣隊に派遣命令を出し、同年12月26日には航空自衛隊の先遣隊(48人)が出発し、その後、海上自衛隊・陸上自衛隊・航空自衛隊が、イラク侵略戦争の交戦地区に派遣されたのは事実だと、私は理解する。


また、陸上自衛隊は2006年(平成18)7月にイラクから撤収したが、航空自衛隊は輸送活動を継続し、平成19年(2007年)7月の期限切れとなるイラク復興支援特別措置法は同年3月30日の閣議で2年延長することを決定して国会に提出した改定法案が同年6月27日に可決されたのは、公知の事実だと、私は理解する。

尤も、既にイラク特措法に準じて編成された自衛隊を派遣すると云う法的な枠組み自体が崩壊している事、イラクで大量破壊兵器と呼ばれるものが結局見つかっていない事、国際連合に加盟している国々からなる多国籍軍が行使した武力ついて正当性がない事などを理由として、民主党参議院議員の浅尾慶一郎さんらは、平成19年(2007年)10月18日に議員立法として国会で参議院に提出した『イラクにおける自衛隊の部隊等による対応措置を直ちに終了させるためのイラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法を廃止する法律案;略称 イラク復興支援特別措置法廃止法案』は、同年11月28日に参議院本会議で可決され、平成20年(2008年)1月10日に衆議院国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会に付託したが、閉会中審査に付されることなく同年1月15日24時をもって会期終了となったため、審査未了・廃案となったのは公知の事実だと、私は理解する。


さらに、平成20年(2008年)11月28の国家安全保障会議において航空自衛隊の輸送活動の終結が決定されるまで侵略・占領の戦力輸送が続けられ、派遣輸送航空隊の全隊員が帰国したのは同年12月23日で、平成21年(2009年)2月航空自衛隊のイラク復興支援派遣撤収業務隊の任務が終了となり、イラク復興支援特別措置法は2009年7月に延長期限切れで失効したと、私は理解する。


然も、2001年の自民党総裁選で「私が首相になったら毎年8月15日に靖国神社をいかなる批判があろうと必ず参拝します」と公約して日本国憲法の正義を誹謗し、また、「自民党をぶっ壊す!」・「私の政策を批判する者はすべて抵抗勢力!」と詭弁を弄して内閣総理大臣に上り詰めた小泉純一郎さんは、8月13に靖国神社参拝を実行し、正確度:P≪0.5となり、変化容量エントロピー:S≫1、白熱係数エントロピー:≪-0.5、
実効係数加重係数Q100、仕事能力当量EQM≪-50の状態で、自民党と共に日本国憲法の定める統治の基本秩序情報体系および相互の信用関係をぶっ壊したのは明瞭で、固定概念篭り経アヒル心理経アヒル思考経の三経に拠る詭報道機関通じた大衆通信媒体などとの共同作業で、未曾有の東日本太平洋沖大震災に遭遇して“呉越同舟”の状態になっても“異心同体”で対応できず、“同体異心”の不毛痴態での政局・政争に現を抜かす体質を構築したのは揺るがし難い事実だと、私は判断する。


因みに、平成19年(2007年)11月7日頃までに、テロ対策特別措置法に基づきインド洋に派遣された延べ約10900人の海上自衛隊員および、イラク復興支援特別措置法に基づき、イラクまたは中東区域に派遣された、延べ約5600人の陸上自衛隊員ならびに延べ約330人の海上自衛隊員と延べ約2870人の航空自衛隊員、総計延約19700人のうち、2007年10月末現在での在職中に死亡者数は、陸上自衛隊14人(自殺7人、病死1人、事故/死因不明6人)と海上自衛隊20人(自殺8人、病死6人、事故/死因不明6人)および航空自衛隊1人(自殺)で、延べ35人(自殺16人、病死7人、事故/死因不明12人)もいたが、退職した後に精神疾患になった者や、自殺した隊員の数について、防衛省は調査していないと、私は理解する。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b168182.htm


尚、延べ10万人当たりの死亡者数は178人(自殺81人、病死36人、事故または死因不明61人)となり実態の内容や事情は不明だが、戦死であれ、事故であれ、病死であれ、自殺であれ、凱旋であれ、憲法の正義に基づく業務を正々堂々と遂行したと、良心に恥じずに知覚・認識して、誇れる自衛隊員はどの程度存在し、また、正義のために正々堂々と戦った者たちだと、良心に恥じずに知覚・認識して、大きな賞賛を授けた日本国民はどの程度存在するのだろうか?

 

結論として、主導者・主宰者がアヒル心理経で“ヨコちゃんだ”と鳴けば、常連の投稿者や無作為書込み要員が寄って集って“アヒルだガ~ガ~”と気勢を上げるような“場外れ出しっ放し”の特性を持つ詭道邪道外道非道悪道に拠る通信媒体が蔓延れば、情報正確度P0.5で、変化容量エントロピーS≫0.5、白熱係数エントロピーE≪-0.5、実効係数加重係数Q≫50、仕事能力当量EQM≫-50の状態になり、日本国憲法の定める統治の基本秩序を壊乱し、国民相互の信頼関係がぶっ壊れるのは、宣なるかなだと、私は推察する。


故に、国連憲章と日本国憲法の正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求して安全保障を実現させる方便は、原則として“和を道具”として用いるべきだが、止むを得ない特別な事情がある場合の例外措置として、道・天・地・将・法の五事に則る一定の手続きを経て“暴力装置を道具” として用いる逸脱許可または特別採用を正当化;正統化して、戦死であれ凱旋であれ正義のために戦う者には必ず大きな賞賛を授け、正義に悖る暴力装置を不当に行使した謗法者や破戒者をは罪状に相応する刑罰に処すと云う、厳格な武士道規範;レジームを確立する責任権限が主権者たる各々の国民にはあると、私は観念して己の業務に関係する出処進退諦めた。


45  責任』と云う語は、立場上当然負わなければならない任務や義務および自分のした事の結果について責めを負うが如き是の概念を、また、『権限』と云う語は、或る物事を自分の意志によって自由に行ったり、他人に要求したりすることのできる資格・能力または個人がその立場で保持する権利・権力の範囲如き是の概念を、さらに、『自由』と云う語は、其々知覚し、認識するのに用いる。

 

故に、責任権限の相互関係は『責権不二の原則』が成立し、必然的に、三現主義を尊重して自分の行為を因果の道理正義秩序に対照して、理非曲直の区別を弁識・理解し、是非曲直を弁別・判断する能力と云う概念を認識する『責任能力』が伴い、責任無能力者が権利を行使する手続きには所定の制約を受けると、私は理解する。

 

尚、平成13年(2001年)の自民党総裁選で「私が首相になったら毎年8月15日に靖国神社をいかなる批判があろうと必ず参拝します」と公約して、8月13日に靖国神社を参拝した内閣総理大臣の小泉純一郎さんを、同年9月ごろ日本国憲法の第20条第3項の定める統治の基本秩序を壊乱した『内乱の罪』で警視庁公安部に告発したが、「犯罪の事実はありません」という理由で告発状が返戻しされ、小泉純一郎さんの発言は選挙目当ての詭弁に過ぎず、実態は自由人としての宗教的活動だったのだろうが、憲法の正義を謗る者を供養すると国家が必ず滅亡し、供養した者は必ず地獄に堕ちるだろうと、私は推察して観念した。

 

次に、平成16年(2004年)に日本人3名がイラクで人質になった事件に関連して、同年4月26日の参議院決算委員会で、参議院議員の柏村武昭さんが「自衛隊のイラクは派遣に公然と反対している人もいるらしい。もし仮にそうだとしたら、同じ日本国民であってもそんな反政府・反日分子のために血税を用いる事は強烈な違和感、不快感をもたざるを得ない」と述べて日本国の主権に叛く政府の行為を幇助して、日本国の共同主権者の精神を侵害したが如き是の情報を受信し、内閣総理大臣の小泉純一郎さん、内閣官房長官の福田康夫さん、防衛庁長官の石破茂さん、外務大臣の川口順子さん、外務副大臣の逢沢某さん、参議院議員の柏村武昭さんなどを『内乱の罪』・『公務員職権濫用罪』・『中立命令違反』で、警視庁公安部と東京地方検察庁に告発した。


然し、平成16年5月25日付で警視庁公安部公安総務課長から「貴殿から郵送された平成16年5月12日付けに告発状記載の事実は、明らかに犯罪を構成しないものでありますので、返戻いたします」と回答を頂き、また、東地特捜第446号、平成16年5月20付で東京地方検察庁特別捜査部直告班から「貴殿から郵送された告発状(平成16年5月12日付け)を検討いたしましてが、事実関係が特定されているとは認められません。また、被告発人に関しても、日本国政府並びに衆議院及び参議院は、貴殿が告発した犯罪の主体にはいすれもなり得ませんし、『関係国会議員』と在るだけでは、被告発人が特定されているとはいえません。従いまして内容を再度ご検討願いたく、上記告発状は、返戻しいたします」という、アホらしいご回答をいただいた。


即ち、警視庁公安部は、新聞報道の情報から告発状で私が事実関係を特定した事柄は明らかに犯罪を構成しないと判断し、また、灰色を黒として立件し、白を灰色と発表するのが業務と思しき東京地方検察庁の特捜部は、同じ内容の告発状で身元を特定した人物の行為についても事実関係が特定されているとは認められず、公訴を提起するに足る要件が具備していると判断して事案に対応する措置をとることが出来ないと判断したのだろうと、私は観念して諦めた。

 

≪その10に続く≫

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『宇宙・生命・世界に関する諸法と実相に係わる用語の定義と解説-その8』

2011/06/04 14:34

 

人間は誰しも、現世と来世に被る幸福・利益・恩恵、即ち、『福利』の享受を願望するが、福利は前世および現世の業務で積み重ねた善行、即ち、『功徳』を因縁とする果報であり、さらに、功徳とは宇宙・生命・世界に関する諸法正義秩序を基調とする業務活動を因縁とする果報実相であることの前提となる宇宙・生命・世界に関する諸法実相に係わる信用保障と情報保障および生活保障や安全保障と危機管理は、必須の要素である。

 

今回も、生活保障や安全保障と危機管理の本拠・根拠である信用保障と情報保障に理解を深めて納得できる健全な体勢の構築に関与する事を目的として情報素因となる事柄についての用語を定義して解説する。


≪その7の続き≫


40
  『原理』と云う語は、物事・事物・事象が依拠する筋道・道理の本質理論・根本法理と云う概念を認識するのに用い、また、『原則』と云う語は、初期の理想と一定の目的を達成するために、所定の方針に沿って設定した目標を実現する事を意図した物事・事物に対して特別な事情が無い限り、例外なしに共通に適用される本質的な法則・基本的な規則と云う概念を認識するのに用いる。


また、『覇権主義』と云う語は、国家またはそれに準ずる集団の、外交・軍事における傾向の一種で、当該国の実利的利害関係にのみ基づいて他国に対する対応を決定し、敵対国に対する侵略戦争や先制攻撃または相手に先制攻撃をさせる挑発行動などにより開戦の正当性や大義を主張し、領土の拡大や自国の安全保障を行い、同盟国や敵対国の反対勢力に対する軍事・経済協力を進めるが如き是の態度を知覚・認識するのに用いる。

 

尚、或る物事や事物に関する原則を解説した諸法原則正義秩序を基調とした工程で作り出した製品実相の関係は『諸法実相不二の原理』が成立する筈であり、諸法実相の間に生起する不一致や無理ムリまたはムラ無駄ムダは、諸法工程のうち、何れかい一方または双方に存在する欠陥・過誤・間違い・弱点などを因縁として所定の秩序を乱した如き是にまつわる事柄の果報だと、私は理解する。

 

因みに、国際連合憲章の前文には、「われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること、並びに、このために、寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し、国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。よって、われらの各自の政府は、サン・フランシスコ市に会合し、全権委任状を示してそれが良好妥当であると認められた代表者を通じて、この国際連合憲章に同意したので、ここに国際連合という国際機関を設ける」と、集団安全保障の原理が謳われている。


また、国際連合憲章の第1章『
目的及び原則』の第2条『原則』に「この機構及びその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するに当っては、次の原則に従って行動しなければならない」とし、第1項「この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている」、第2項「すべての加盟国は、加盟国の地位から生ずる権利及び利益を加盟国のすべてに保障するために、この憲章に従って負っている義務を誠実に履行しなければならない」、第3項「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない」、第4項「すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」、第5項「すべての加盟国は、国際連合がこの憲章に従ってとるいかなる行動についても国際連合にあらゆる援助を与え、且つ、国際連合の防止行動又は強制行動の対象となっているいかなる国に対しても援助の供与を慎まなければならない」、第6項「この機構は、国際連合加盟国でない国が、国際の平和及び安全の維持に必要な限り、これらの原則に従って行動することを確保しなければならない」、第7項「この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国に要求するものでもない。但し、この原則は、第7条に基く強制措置の適用を妨げるものではない」などと規定されている。


また、国際連合憲章の第7章『平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動』の第51条『自衛権』「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない」と規定されている。


さらに、国際連合憲章の第8章『地域的取極』の第52条『地域的取極、地方的紛争の解決』の第1項「この憲章のいかなる規定も、国際の平和及び安全の維持に関する事項で地域的行動に適当なものを処理するための地域的取極又は地域的機関が存在することを妨げるものではない。但し、この取極又は機関及びその行動が国際連合の目的及び原則と一致することを条件とする」、第2項「前記の取極を締結し又は、前記の機関を組織する国際連合加盟国は、地方的紛争を安全保障理事会に付託する前に、この地域的取極又は地域的機関によってこの紛争を平和的に解決するようにあらゆる努力をしなければならない」、第3項「安全保障理事会は、関係国の発意に基くものであるか安全保障理事会からの付託によるものであるかを問わず、前記の地域的取極又は地域的機関による地方的紛争の平和的解決の発達を奨励しなければならない」などと規定はされている。

 

故に、国際連合憲章の正義秩序を基調とする国際の平和は、須からく“和が道具”とする循環工程で確立・回復・維持することを原則とし、如何なる国も陸軍・海軍・空軍・海兵隊などの暴力装置戦力として保持することを原則として禁止するが、個別的自衛または集団的自衛の防衛同盟として専守防衛』に必要な暴力装置を保持することは例外として認められていると、私は理解して納得する。

 

然し、“暴が道具”と思しき固定概念篭り経アヒル心理経アヒル思考経の三経新聞などに掲載される暴露記事が、人を欺くやり方なら詭道で、覇権主義と思しき米国への従属を誘発することを意図する邪な道なら邪道だが、何れにしても、日本国憲法ならびに日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約および国際連合憲章の正義に対する埒外ならば外道であり、日本国民や国際連合加盟国の人民としての心理経思考経を根拠もしくは本拠または依拠として思考すれば非合理ならば非道であり、場外れ出しっ放し遣りっ放しの非違を糾弾せずに外道非道が蔓延れば、畜生道餓鬼道地獄道悪道を歩むことにるのは宣なる道筋だと、私は理解する…。


故に、日本国憲法もしくは日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約または国際連合憲章の正義を誹謗していると思しき三経新聞の暴露記事などに南無して供養する者は究極の悪道である極道獄道に堕ちるのは自明の理であり亦、極道獄道が蔓延る国家は災難を被り滅亡するのが自然法に基づく優勝劣敗の原理だと、私は観念して自己の業務のに関係する出処進退諦めた。


41  『自衛権』と云う語は、自国または自国民の権利や利益に対する急迫・不正の侵害を排除するために国家がやむを得ず必要な限度内で行う国際法上の防衛の権利が如き其の概念を、また、『正当防衛』と云う語は、急迫不正の侵害に対し、自己または他人の権利を防衛するためにやむをえずなされる加害行為が如き是の概念を、また、『過剰防衛』と云う語は、正当防衛として必要な限度を超えた防衛行為が如き是の概念を、さらに、『警察権』と云う語は、法令に基づき条理上の限界の範囲内で警察機関が公共の秩序を維持するために民衆に命令・強制を為して其の自由を制限する公権力が如き其の概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、日本国憲法第9条の第2項で戦力の保持と国の交戦権の発動は禁止されているが、戦力自衛力の差異は、端的には暴力装置交戦権が付与されているか否かに過ぎず、個別的自衛権集団的自衛権も否定されている根拠・本拠・依拠は存在しない筈であるから、無理ムリムラ無駄ムダ極小化および個別的自衛権集団的自衛権の組み合わせの最適化を計り、合理性と妥当性を探索して暴力装置の使用を必要最小限に抑止するのが、国連憲章と日本国憲法の正義と秩序を誠実に希求する上で歩むべき正道だと、私は理解する。


然し、日本国政府は、国連憲章の第51条では「個別的または集団的自衛の固有の権利」はを有しているが、戦争の放棄と戦力・交戦権の否認を定めている日本国憲法第9条について、「自衛のために必要最小限度の武力の行使は認められている」ものと解釈し、日本の自衛権については、「個別的自衛権は行使できるが、集団的自衛権は憲法の容認する自衛権の限界を超える」との見解を示しているが、是は概念法学に篭り経が如き解釈に過ぎず、然様に詭道邪道外道非道の如き法解釈が蔓延ることが、アヒル心理経アヒル思考経悪道が跳梁跋扈して、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約または国際連合憲章の正義を誹謗する極道獄道へと日本国民を誘致する原因だと、私は観念して自己の業務のに関係する出処進退諦めた。

 

尚、正当防衛と認められる行為は、刑法上の違法性は排斥され、民法上の損害賠償も免責されるが、過剰防衛は、刑法上の違法性は問われ、情状により刑を軽減または免除される場合もあるが、損害賠償責任は負わされると、私は理解する。

 

因みに、交戦権警察権の相違を端的にいうと、交戦権は、敵と見做した相手を構わず殺傷・破壊するために暴力装置を行使する権利であり、警察権は、犯罪と察して検証するための正当な業務または正当防衛のために必要最小限の暴力装置を行使する権利だと、私は理解する。


42  『緊急権』と云う語は、自国または自国民に急迫した危険のある場合、それを避けるために他国の権利や利益を侵害しても差支えないという国際法上の権利が如き是の概念を、『緊急避難』と云う語は、急迫した危難を避けるため、止むを得ず他人の法益を侵す行為が如き是の概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、緊急権緊急避難と認められる行為は、一定の要件を満たす場合の刑法上の違法性は排斥されるが、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためにその物に加える損壊行為を除いて民法上の損害賠償責任は負わされると、私は理解する。


43
  『無理』または『ムリ』と云う語は、物事の筋道が立たず道理に合わないが如き是の概念または、実現するのが難しいこと・行い難いが如き是の概念もしくは、前記の事情を承知の上で、強いて行うが如き是の様子や反対を押し切ってするが如き是の概念などを、また、『』または『ムラ』と云う語は、物事の特性や性能のバラツキが大きくて一定の状態に安定しないが如き是の概念を、ざらに、『無駄』または『ムダ』と云う語は、役に立たないが如き是の概念や其れをしただけの甲斐が無いが如き是の概念などを、其々知覚・認識して表現するのに用いる。


また、『最適化』と云う語は、特定の目的を最も効率的もしくは最も効率的に達成できるように変更する事や是の様子、特定の目標値に対する実際値の偏差を最小化するが如き是の様子または、無理ムリムラ無駄ムダを極小化するが如き是の概念を知覚・認識するのに用いる。

 

尚、道・天・地・将・法の五事に関係する原理原則正義から逸脱すれば物事・事物・事象の秩序が乱れて無理ムリムラ無駄ムダが増加するのが一般的な事情だが、然し、特別の事情がある場合には所定の原則から逸脱が例外として認められることもあり、此処で特別の事情とは、無理ムリムラ無駄ムダを極小化する目的で責任権限に基づいた手続きを経て許可・承認されたときに限ると、私は理解する。

 

因みに、無理ムリムラ無駄ムダを極小化は、三現主義を尊重し、九何の原則に従った計画に沿って、道・天・地・将・法の五事を知り、順次、場当り済し崩しの方便で事情を探求し、時宜を得て実現性の検証と妥当性の確認を適宜に実施するのが良いと、私は理解する。

 

尤も、政道報道などに道・天・地・将・法の五事を知らずに、固定概念篭り経アヒル心理経アヒル思考経に因る“場外れ”で“出しっ放し”・“遣りっ放し”の詭道邪道、外道、非道が蔓延れば、却って無理ムリムラまたは無駄ムダが世間に増加し、義理が廃れて人情が荒ぶことに因る災難を誘発する危険性が高いと、私は推察する。


例えば、国連憲章の第5章 『安全保障理事会』の第26条『軍備規制』に「世界の人的及び経済的資源を軍備のために転用することを最も少くして国際の平和及び安全の確立及び維持を促進する目的で、第47条に掲げる軍事参謀委員会の援助を得て、作成する責任を負う」との規定は、第二次世界大戦以前の国際社会の規範レジームは、“暴力装置を道具”としていたが、終戦後は“和が道具”とする社会への規範移行レジームシフトをして、無理ムリ無駄ムダをを極小化することを意図したと、私は理解する。


然し、安全保障理事会の中国とフランス、ソ連邦、英国および米国など常任理事国の意思に多大なムラがあり軍事参謀委員会の設置が無理ムリな状態で“冷戦構造”に陥り、究極の暴力装置と目される核兵器などの生産工程の拡張競争により、無駄ムダを生産したのは周知の事実であるが、大量破壊能力を有する暴力装置生産工程を縮小する兆候がに見えても、大衆の心理経・思考経のムラ最適化が出来ずに“和が道具”の工程を確立する目的は遅々として進展しないのが現実の問題だと、私は理解する。


尚、道・天・地・将・法の五事を知らずに、覇権主義的固定概念篭り経アヒル心理経アヒル思考経の三経の論者が暴露する核兵器を装備することが戦争の抑止力になるとの詭弁を因縁として、大衆の心理経・思考経に錯誤や錯乱が生じて核兵器を装備すれば、三経新聞の記事などの詭報道は、世界も人民を極道獄道に誘致する“詭暴装置”と見做すべきだと、私は観念して自己の業務のに関係する出処進退諦めた。


44  『逸脱許可』と云う語は、当初の規定要求事項から逸脱する成果が出来する事実を所定の責任と権限を保有する人々が所定の手続きを通じて予め許可する処理をするが如き是の概念を、また、『特別採用』と云う語は、規定要求事項を満足しない成果が出来した場合に不採用としないで、次工程への引渡しまたは出荷すると云う事実を所定の責任と権限を保有する人々が所定の手続きを通じてを特別に認める処置をするが如き是の概念を、其々認識するのに用いる。


尚、逸脱許可特別採用は、一般的に、特定の範囲内で不適合の特性をもつ事物・物事を、特定範囲の用途および期間と数量などの制約条件について当事者や利害関係者の間で相互に合意や承認が必要だと、私は理解する。


因みに、日本国憲法と日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約および国連憲章の正義秩序を基調とする国際平和を誠実に希求しても、正義を謗る外道悪道に壊乱された秩序と平和を回復して維持するのに必要な方便として用いる暴力装置が、条理上の制約がある警察権では覚束ないような危機に臨んだ特別な情状の事態におては、戦力を準備して交戦権の行使についての逸脱許可または特別採用の如き方便は必然的な措置であるのに、是の手続法が制定されていない日本国の法制度に欠陥があるのは紛れも無い事実だと、私は理解する。

 

例えば、2001年の米国中枢への同時多発攻撃に関連し、当時の内閣総理大臣小泉純一郎さんは「憲法前文は国際協調を謳っているのに第9条は集団的自衛権を禁止している。前文と9条の間には隙間がある」と唱えたが、欠陥を“隙間”と表現したのならば、それは宣なるかなだが、実態は日本国憲法正義に悖り、憲法の定める統治の基本秩序を壊乱するための詭弁を弄したに過ぎないと、私は理解する。

即ち、2001年10月5日に『平成13年9月11日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法;通称 テロ対策特別措置法』の法案を政府が提出し、主権者による逸脱許可の手続きを得ずに平成13年10月29日成立・制定、同年11月2日施行・公布したが、日本国憲法の第98条『最高法規、条約及び国際法規の遵守』の第1項「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と云う規定に依り、戦時国際公法の中立義務違反や交戦権の行使に相当すると相手側に見做される行為は、憲法の定める統治の基本秩序を壊乱する『内乱の罪』と『中立命令違反の罪』に相当すると、私は判断する。

尤も、テロ対策特別措置法に依る対応措置の実施は、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならないとし、活動地域は非戦闘地域と認められる排他的経済水域を含む公海とその上空及び、当該外国の同意がある場合に限る外国の領域としているが、然し、戦時国際公法に定める交戦地域暴力装置である自衛隊を派遣して同盟軍に戦力を供与する戦略を遂行する交戦権に余計な制約条件を設けると云う固定概念篭り経アヒル心理経アヒル思考経に拠る特別措置は、日本国民と自衛隊員を詭道邪道非道悪道極道極道に誘致し、義理が廃り人情が荒ぶ因縁にしかならないと、私は推察する。

現実に、日本政府は2001年の11月9日には、米軍を中軸とする同盟国の集団的自衛権によるアフガンのタリバン政権への復仇攻撃が如き是の『不朽の自由作戦Operation Enduring Freedom(OEF)』の一環として展開する『不朽の自由作戦‐海上阻止活動Operation Enduring Freedom- Maritime Interdiction Operation(OEF-MIO)』に参加して同盟軍の後方支援するために海上自衛隊の艦船3隻をインド洋に向けて出航させ、海上自衛隊は交戦区域において同盟軍に対して、戦闘部隊の後方にあって人員・兵器・食糧・水・燃料などの戦力の前送・補給にあたりまた後方連絡線の確保にあたる活動機能が如き是の概念を知覚認識する『兵站』の一部を実施したのは揺るがし難い事実だと、私は認識する。


尚、当初は2年間有効の時限立法であったテロ対策特別措置法は、2003年10月の改定で2年延長、2005年10月の改定で1年再延長、2006年10月の改定で1年の再々延長が行われ、2005年以降、同法に基づき政令で規定した自衛隊の派遣は半年単位で延長されていたが、2007年9月12日に内閣総理大臣の安倍晋三さんが突然辞意を表明して国会の空転により同法の有効期限延長のための改定できずにテロ対策特別措置法は2007年11月1日24時に失効し、海上自衛隊は交戦区域のインド洋から撤退した。


後継の福田康夫さんを総理大臣とする内閣は、後続の法律として『テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法;略称 補給支援特措法』の法案を2007年10月17日に衆議院に提出し同年11月13日の衆議院本会議では可決されたが、2008年1月11日に参議院本会議で否決されたが、同日午後に衆議院本会議で3分の2以上の賛成多数で再可決されて成立し、政府は同年1月16日に補給活動の実施計画を閣議決定し、同年1月24日に海上自衛隊の補給艦が出港し、同年2月21日から交戦区域において同盟軍に対する戦力の補給する兵站を再開したのは揺るがし難い事実だと、私は判断する。


尚、補給支援特措法は、期間1年の時限立法であり2009年1月15日限りで法律の効力が満了する為、麻生太郎さんを総理大臣とする内閣は、2008年9月9日に同法の有効期限延長のための改定案を臨時国会に提出し、同年10月21日に衆院本会議で可決され、2008年12月12日に参院本会議において否決されたが、同日午後の衆院本会議で3分の2以上の賛成多数で再可決されて成立して海上自衛隊の補給艦が、交戦区域に於いて同盟軍に対する戦力の補給活動が1年延長され、交戦地域に於いて同盟軍への戦力を補給する海上自衛隊の兵站は継続されたが、2009年9月に誕生した民主党鳩山由紀夫さんを総理大臣とする内閣が非延長を決定したことにより、2010年1月16日午前零時に補給支援特措法は有効期限切れとなり、海上自衛隊は、同盟軍兵站を停止して交戦地域から撤収したと、私は理解する。

因みに、鳩山由紀夫内閣が、2009年9月に、同盟軍兵站に関係する海上自衛隊の活動を停止して交戦地域から撤収をしなかった理由は、日本国憲法の第98条『最高法規、条約及び国際法規の遵守』の第2項「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と云う規定に依る制約条件を配慮すれば宣なるかなだと、私は理解する。


≪その9に続く≫

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『宇宙・生命・世界に関する諸法と実相に係わる用語の定義と解説-その7』

2011/06/01 20:45

 

人間は誰しも、現世と来世に被る幸福・利益・恩恵、即ち、『福利』の享受を願望するが、福利は前世および現世の業務で積み重ねた善行、即ち、『功徳』を因縁とする果報であり、さらに、功徳とは宇宙・生命・世界に関する諸法正義秩序を基調とする業務活動を因縁とする果報実相であることの前提となる宇宙・生命・世界に関する諸法実相に係わる信用保障と情報保障および生活保障や安全保障と危機管理は、必須の要素である。

 

今回も、生活保障や安全保障と危機管理の本拠・根拠である信用保障と情報保障に理解を深めて納得できる健全な体勢の構築に関与する事を目的として情報素因となる事柄についての用語を定義して解説する。

 

≪その6の続き≫


36  『南無(なむ)』と云う語は、対象を心から信じて敬礼・帰命・帰依し、依拠に帰り遵うが如き是の概念を、また、『南無三宝』または宝を省略した『南無三(なむさん)』と云う語は、因果の道理に関係する諸法実相覚悟した関係各位を仏宝と称し、関係各界の諸法実相法宝と称し、関係各界で諸法実相工程についての修行者を僧宝と称し、困難や危険を知覚したとき、法宝・法宝・僧宝の三宝に呼びかけて加護を求めると云う概念を、其々知覚または認識して表現するのに用いる。

 

尚、三際に亘る世界に於ける物事や事物に関する因果の道理に基づく諸法実相に係わる情報は、意識または無意識もしくは潜在意識あるいは遺伝子の中に、生物のを保存するための固有の生存本能として代々受け継がれており、南無三宝または南無三などと唱える事に依り生命の保存に必要な情報を自ずから知覚または意識できるが如く、然るべき是の機能が生物の心身に組み込まれているのだと、私は推察する。


ここで、人々が南無すべき因果の道理理解して説明説得納得して実践する活動に用いる方便として、諸法実相の内容と事情の教えを授受する方法と云う概念を認識するのに用いる『教法』や、諸法実相の教えを授受して情意・行為を発動する能力・資質
と云う概念を認識するのに用いる機根』と、諸法実相に関する時代的な趨勢に係わる時期・時節と云う概念を認識するのに用いる『時勢』および、諸法実相に関して当該の国や地方および社会に係わる環境条件や風習など特有の持ち味の状態と云う概念を認識するのに用いる『国柄』ならびに、当該の国や地方および社会に対して先に流布する教法と後から流布する教法の相違と云う概念を認識するのに用いる『教法流布の先後』などの工夫を配慮する必要があると、私は理解する。


尤も、宇宙生命に関する物事や事物に係わる時間的・空間的な流れに沿った一区切りの世界に於ける出来事の諸法実相の内容と事情を知覚理解認識する上で、物理量における長さの次元や質量の次元、温度の次元、電荷の次元と時間の次元などから、他の物理量の次元との関係や未知の物理量の次元などを解析して予測する『次元解析』は必要であり、現場・現物・現実の事象と形状や特性が相互よく似ている現象を模型で起して観察できるように、相・性・体・力・作・因・縁の条件を考慮した『相似の法則』・『相似の原理』や『相似律』・『模型則』に従って実施した演習や実験の果報が如き是の情報、例えば、時間的に普通速度撮影した映像を早送りしたり高速度撮影した映像を遅送りしたりしたりして観察するなどの工夫を配慮した方便が、古来教法として用いられてきたと、私は推察する。

 

因みに、『南無釈迦牟尼仏』または『南無釈迦如来大和尚』と云う語は正伝の仏法”を伝統として釈迦牟尼仏(釈迦;釈尊)を本尊と仰ぐ禅宗で、成仏とは一定の水準に達することで完成するものではなく、たとえ成仏したとしても、さらなる成仏を求めて無限の修行を続けることこそが成仏の本質であり、釈迦に倣うが如く『修証一如』が最高の修行であると是の主張に基づいて、ただひたすら坐禅に打ち込む『只管打坐(しかんたざ)』を専らとすると思しき曹洞宗や、参禅者が悟りのために考える対象や手がかりとして示す祖師の言葉・行動などの工夫した参禅問答であろ『公案』を使うと思しき臨済宗などで、主に坐禅により、心の本体は仏と異なるものではなく是の心がそのまま仏であるが如き『即心是仏』または『即心即仏』の覚悟を心に働きかけるのに用いるのだろうと、私は推察する、たぶん…。


尚、曹洞宗の根本経典として、日本曹洞禅思想の神髄が説かれていると云われる『正法眼蔵』は、そもそも、悟りの内容は文字や言説で伝えられる物事ではなく、仏の教えは師の心から弟子の心へ直接伝えられる以心伝心の境地が如き『不立文字』を標榜する中国禅の立場からは異質であるらしい、たぶん…。

 

また、『南無阿弥陀仏』と云う語は、阿弥陀仏または弥陀如来を本尊と仰ぐ浄土教で、阿弥陀仏の四十八願 (しじゅうはちがん)を信じて死後に西方の極楽浄土に生まれることを願う信者が唱える念仏に用いるのだろうと、私は推察する、たぶん…。


尚、法蔵菩薩が阿弥陀仏に成るための修行の際に立てた48の誓願が如き『四十八願』の是が、浄土教の根本経典となる『阿弥陀経』または『仏説無量寿経』らしい、たぶん。

 

また、『南無大師遍照金剛』と云う語は、毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)または大日如来を教主とし、金剛界曼荼羅またが胎蔵曼荼羅を本尊して、弘法大師(空海さん)を始祖とする真言宗では、手に印を結び、口に真言を唱え、心に仏を観想して仏と一体となって大日如来と自分は一体であると感じて、人間が現世に生きる身体のままで仏に成るが如き是の『即身成仏』をするために用いるのだろうと、私は推察する、たぶん…。

尚、身(印)・口(真言)・意(観想)をあわせて『三密』と云い、秘密仏教の略称で、秘密の教えを意味するともされる『密教』では、小乗と対比した表現である大乗を『真言乗』または『金剛乗』と言い、大日如来を感ずるために心に観想して一体となるための、印の形と真言の内容が其々の仏ごとに決っており、出家をなければ印および/または真言の秘密を教えてはもらえないだろう、たぶん。

 

さらに、『南無妙法蓮華経』と云う語は、三際に亘る世界においては、対象とする物事・事物関する因果倶時の経路に係わる妙法蓮華経を心から信じて敬礼・帰命・帰依し、空諦・仮諦・中諦の価値付加生産工程を依拠として、自力本願自行化他で学んで帰り遵うための総合的な工程が如き是の概念を知覚または認識するための題目として用いると私は理解する。


尚、『妙法蓮華経』という云う語は、因果倶時に則る諸法実相循環工程の機能と性能を大局的・中庸公正・絶対的に観念し、因果の道理に係わる真理と真如と見做して物事を治め整える経理の方便を覚悟して諦めた妙なる法典・経典の題目を、泥の中に根を下ろし、水上に美しい華を咲かせ、華が咲た時には既に実を結んでいると云われる“百蓮華”に因んで名付けたが如くに是を我は聞いたと、私は記憶する。

 

結局、宇宙・生命に関する物事・事物の因果の道理に係わる諸法実相正義秩序を基調とする全ての事柄は、南無の対象となるが、正義だと信じていた意義や解釈が非合理もしくは無理または間違いであると判別・判断したら憚らずに改めるのは宜なるかなだと、私は理解して納得する。

 

尚、『国際連合憲章日本国憲法不二の原則』を成立させる前提として、各々の諸国民と日本国民にとって、国際連合と日本国は共に南無の対象であることは依正不二の原則から自明の理であり、また、国際連合憲章の正義秩序を基調とする国連中心の集団安全保障を至上の制度だという考え方をする態度が合理的で妥当な正道であり、愛国主義や覇権主義と軍事同盟に拠る安全保障が主体だという考え方をする態度は不当な詭道非道邪道であることは、宇宙生命は三千の要素の集合体であると云う一念三千の事理および国際連合憲章の前書きおよび第1条目的と第2条の規定に依り其々の加盟国は相互に南無の対象だと、私は理解する。


37  
戦争』と云う語は、或る集団と他の集団が、相互に自己の目的を達するために、武器を交えて争う国際紛争が如き是の概念を、また、『戦力』という語は、陸軍・海軍・空軍・海兵隊・奇兵隊などの暴力装置としての兵力だけでなく兵器など軍需品の生産力や軍需物資の輸送力を含めて戦争を遂行するための総合力が如き是の概念を、また、『交戦権』と云う語は、国家が戦争を行う権利や、戦争の際に適用する国際法の交戦法規で交戦当事者に認められている諸権利が如き是の概念を、さらに、『交戦区域』と云う語は、一般に、交戦国の領土と領海および公海ならびに其れらの上空を限度とし、交戦国が戦闘行為を行うことのできる区域が如き是の概念を、其々知覚して認識するのに用いる。

 

また、『暴力装置』と云う語は、“和が道具”を理念・目的とする社会の規範レジームに対して合理性または合法性や正当性を欠いた精神的または物理的な強制力を顕示する目的に合わせて準備された設備・機械・仕掛け・組織などが如き是の概念を、また、『侵略』と云う語は、或る国・団体・個人が、他の国団体・個人の主権・領域・政治的独立を侵す計略を以って暴力装置を行使するが如き是の概念を、其々知覚・認識するのに用いる。


尚、侵略“平和に対する罪”とする概念への規範移行レジームシフトは、戦争放棄に関する条約を1928年8月にパリで日・米・英・仏などの原加盟国15か国が調印し、その後63か国が参加した頃から明瞭になり、国際紛争などの際に先に物理的な暴力装置を行使する侵略の首謀者・共謀者・指揮者などを“平和に対する罪”で裁判する工程は、1945年11月から1946年10月にかけてドイツのニュルンベルクで開かれた、第二次大戦のドイツの主要戦争犯罪人22名に対する国際軍事裁判で、史上初めて“平和に対する罪”および“人道に対する罪”が問われ、12名が絞首刑に処され、また、東京にで開かれた極東国際軍事裁判で1946年から1948年まで審理が行われ、死亡・精神異常による免訴3名を除く被告25名全員が有罪で野判決が下され、うち7名の絞首刑が執行された件で確立したかに見えたが、その後の戦争に対する国際軍事裁判が開かれないのは、心理経思考経が複雑で、精神的な暴力装置を行使する侵略に対する規範レジームが不明瞭で量刑を定めることが困難だからだと、私は推察する。

 

他方、『中立権利』や『中立義務』と云う語は、戦争が生じた際に適用する国際法の中立法規に定められた戦争に参加しない中立国は、其の領土・領海・領空・領民について交戦国による一切の侵犯から免れる権利を有すが如き是の概念と、交戦国双方に対して厳正に公平である義務を負う如き是の概念を、其々知覚・認識するのに用いる。


尚、中立義務には、軍隊、船舶、航空機、武器、弾薬、資金、その他、直接または間接に戦争に使われうる物資などの戦力を交戦国に提供したりしないが如き是の概念を知覚・認識する『回避義務』または『避止義務』と、領域内を軍事基地や軍事的移動経路として交戦国に使わせたりしてはならないが如き其の概念を知覚・認識する『防止義務』および、交戦国との通商にして、海上封鎖や船舶の停止と捜査と戦時禁制品の没収など交戦国による一定の干渉を黙認しなければならないが如き是の『黙認義務』があると、私は理解する。


因みに、中立国は、交戦国に対して中立権利の保障と侵害された場合は損害賠償を請求できるが、中立義務に違反する又は中立義務を放棄したら交戦国と見做されるが、中立国には、自国民が交戦国と通商したり自国民が個人の資格で交戦国を支援したりすることを妨げる義務やはないと、私は理解する。

尤も、中立命令違反は、刑法の第94条「外国が交戦している際に、局外中立に関する命令に違反した者は、三年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処する」と規定されているが、罪となる具体的な行為を明示せずに空白の状態で他の法令に譲る刑罰法規が如き是の概念を認識する『空白刑法』や『白地刑罰法規』または『空白刑罰法規』に相当するが、日本国憲法9条第2項後段の「国の交戦権はこれを認めない」という規定は、中立命令が如き是の概念を政治家と国民および警察官と検察官や裁判官などが知覚・認識するための情報としては十分な内容だと、私は理解する。


また、中立国と雖も交戦国に侵略されたら交戦国に組み込まれてしまうので領域の防衛および防止義務を履行するための方便としての暴力装置を保持して必要に応じて発動するのは宣なるかなで、“非武装中立”と云う国家体制の概念は現実には存在し得ないと、私は理解する。


38  
概念法学』と云う語は、制定法の無欠陥性と論理的完結性とを仮定して法令の条文を忠実に検討し、法概念の体系を形式論理によって構成することを法学の任務とする立場が如き是の概念を、さらに、『自由法学』または『自由法論』と云う語は、法は固定した概念にとらわれるべきものでなく道理と条理や社会的現実面に即するように、自由に運用されるべきであるとの主張が如き是の概念を、また、『利益法学』または『利益法論』と云う語は、法的基準はどれも法の制定者によって特定の社会的あるいは経済上の利益闘争を視野に入れながら下された決定であると理解すべきものであり、目的は法の創造者なりと見做して目的に従って論理的かつ合理的な法解釈をべきであるとの主張が如き是の概念を、また、『法社会学』と云う語は、法を他の社会現象との関連において考察し、法の機能・構造などを社会学的な方法・理論により経験科学的に研究しようとする学問が如き是の概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、概念法学は法文に使われている文字の国語的な意味を明らかにし、其のに使われている文字列について文法的に明らかにして法解釈をする法学を指し、19世紀後半から20世紀初頭にかけて欧州で主流の法学傾向に対し、、自由法学自由法論利益法学利益法論法社会学は19世紀末から20世紀初めにかけて、ドイツフランスなどにおいて、従来の概念法学に対する反動として起こった革新的な法学の方法論であり、法解釈は、概念法学に止まることなく、法的基準には不十分な点または欠陥があるが或る可能性を否定せずに法と良心に拘束されることを前提として、或る事実に対して適用すべき其々の法規の論理的な配列を考慮し、拡張解釈・類推解釈・反対解釈・縮小解釈などの技術を通して合理性と妥当性および公正性を探索し、法的基準に不十分な点または欠陥が見つかった際はそれを埋めるために、立法の目的に従って合理的な解釈をする法学傾向でであると、私は理解する。


因みに、日本国憲法の第76条第3項に「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」と規定されているように、現在は法の正義秩序を基調とする世間の平和を生み出す工程として、自由法学自由法論利益法学利益法論法社会学への規範移行レジームシフトが成されているが、立法の目的に従い、妙なる根拠・本拠・依拠を探索して尤も合理的で公正・妥当な法解釈をすると云う法学の傾向は、信・行・学の工程で南無妙法蓮華経を覚悟すると云う概念に類似していると、私は理解する。

 

尚、日本国憲法の第2章『戦争の放棄』の9条第1項「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と、同条第2項「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と云う規定を立憲の目的に従って合理的に解釈すれば、国連憲章と日本国憲法正義秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する上で、詭道邪道外道非道悪道の類に侵略されて極道獄道に堕ちるのを防止するために、国際連合の安全保障委員会が交戦権を付与しない自衛隊を保持することを、日本国の主権者たる国民が容認するのは宣なるかなだと、私は理解して納得する。

 

故に、日本国憲法の9条の規定を根拠もしくは本拠または依拠とする“護憲自衛隊違憲論”も、“場外れ”・“出しっ放し遣りっ放し”で自衛隊を交戦区域に派遣した違憲政策を支援し、日本国憲法の9条の規定は安全保障の障害とする“改憲派自衛隊違憲論”も概念法学の範疇に立て篭もり経アヒル心理経アヒル思考経の三経に拠り日本国憲法の正義を誹謗する詭道邪道外道非道悪道の類に過ぎず、“自衛隊違憲論”を盾にする護憲派と改憲派が蔓延れば日本国は滅亡し“自衛隊違憲論”に南無して供養する者は究極の悪道である極道獄道に堕ちると、私は観念して自己の業務に関係する出処進退諦めた。


例えば、某経新聞のワシントン駐在編集特別委員・論説委員の記者さんが主宰するブログのコメント欄に、国際連合に加盟する日本国の政治家の使命に従い正道を歩んでいると思しき某政治家に関係して「某政治家を支持していた人が何故某政治家嫌いになったのか、理由は簡単です。某政治家の口にする政策ががらりと変ってしまったからです。日本の国益を一生懸命に説いていたはずの人が国連至上主義なんて、唱えるのですから…」と云う趣旨で、三経に拠り国連憲章と日本国憲法正義を誹謗していると思しき論説に対応し、私は「正道を歩んでいると思しき某政治家を支持していた其の政治家を嫌いになったとするまらば、其の因縁は、“アヒル心理経・アヒル思考経”に拠る某経新聞などの“詭報道機関”の編集特別委員・論説委員などの方々が多用する詭弁に誑かされて、詭道・邪道・外道・非道・悪道・極道に足を踏み入れたからだと、私は判断します」という趣旨の異論を投稿し、3回程の応答を繰り返したが、結局一連の遣り取りをした投稿意見は、跡形もなく削除され“恥辱の篭り堂”に移されたようだ、たぶん…。


39  『連合』と云う語は、二つ以上のものが共通の目的のために結び合うが如き是の概念または、観念と観念・観念と感情・感情と勘定など心的要素の結合や刺激と反応との結合が如き是の概念を、また、『連盟』と云う語は、共同の目的のために同一の行動をとることを誓うが如き是の概念や是を誓ってできた団体が如き概念を、また、『同盟』と云う語は、個人・団体または国家などが、互いに共通の目的を達成するために同一の行動をとることを約束するが如き是の概念や是も約束によって成立した関係が如き概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、『連合』と云う概念は、広義には国際連合憲章に基づいて誓約をした加盟国を指し、狭義には、第二次世界大戦で日・独・伊などの枢軸国に対し、米・英・仏・ソビエト連邦・中華民国を中心に連合して戦った国々または、第一次大戦で、ドイツオーストリア・オスマン帝国・ブルガリアのなどの同盟国に対し、米・仏・露の三国協商側に立って参戦した国々を指し、また『同盟国』と云う概念は、広義には相互に同盟関係にある国家または同盟条約を結んだ当事国を指し、狭義には第一次大戦で米・仏・露の三国協商側に立って参戦した連合に対して戦ったドイツオーストリア・オスマン帝国・ブルガリアのなどの国々を指すと、私は理解する。

 

因みに、『日米同盟』と云う概念は『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約』に基づく同盟関係を指し、条約の第1条に「締約国は、国際連合憲章に定めるところに従い、それぞれが関係することのある国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決し、並びにそれぞれの国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むことを約束する。締約国は、他の平和愛好国と協同して、国際の平和及び安全を維持する国際連合の任務が一層効果的に逐行されるように国際連合を強化することに努力する」と、第2条に「締約国は、その自由な諸制度を強化することにより、これらの制度の基礎をなす原則の理解を促進することにより、並びに安定及び福祉の条件を助長することによって、平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する。締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する」と規定されている。


故に、日本憲法と日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約および国際連合憲章の正義と秩序を基調として、日本の国益を一所懸命に論説するには、日米同盟の重視を力説し、諸々の同盟関係のうち国際連合を依処とする同盟関係を最上と考えるが如き是の概念を認識する『国連至上主義』に至るのは正道を歩む政治家・国士・論士・学者・識者の常識的な筋道として宣なるかなだと、私は理解して納得する。

 

日蓮聖人は『立正安国論』の中に「帝王は国家を基として天下を治め人臣は田園を領して世上を保つ、而るに他方の賊来つて其の国を侵逼し自界叛逆して其の地を掠領せば豈驚かざらんや豈騒がざらんや、国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か、就中人の世に在るや各後生を恐る、是を以て或は邪教を信じ或は謗法を貴ぶ各是非に迷うことを悪むと雖も而も猶仏法に帰することを哀しむ、何ぞ同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞を宗めんや、若し執心飜らず亦曲意猶存せば早く有為の郷を辞して必ず無間の獄に堕ちなん、所以は何ん、大集経に云く『若し国王有つて無量世に於て施戒慧を修すとも我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば是くの如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失し、乃至其の王久しからずして当に重病に遇い寿終の後大地獄に生ずべし王の如く夫人太子大臣城主柱師郡主宰官も亦復是くの如くならん』と」云々と、論説している。

 

結局、一身の安全保障を思うならば、先ず、四方の果て迄に亘る世間・天下が、静かで落ち着いて穏やかに治まっているが如き子の様相に成るように祈念・誓願し、自力本願自行化他で、国連至上主義の集団的安全保障の正道を確立することが日本国民と連合諸国民の使命であるが、然し、使命に従い正道を歩んでいると思しき某政治家に関係して「某政治家を支持していた人が何故某政治家嫌いになったのか、理由は簡単です。某政治家の口にする政策ががらりと変ってしまったからです。日本の国益を一生懸命に説いていたはずの人が国連至上主義なんて、唱えるのですから…」と某新聞社のワシントン駐在編集特別委員・論説委員の記者が唱えているが、固定概念篭り経アヒル心理経アヒル思考経に拠る詭報道機関と思しき三経新聞の記者の方々が多用する詭弁を信じて諸法正義を誹謗する詭道・邪道・外道・非道・悪道・極道に足を踏み入れると、必ず国に三災七難が起こり、詭弁を信じて供養した者も必ず地獄に堕ちるという道筋は宣なるかなだと、私は理解する。

 

≪その8に続く≫

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『宇宙・生命・世界に関する諸法と実相に係わる用語の定義と解説-その6』

2011/05/29 22:32

 

人間は誰しも、現世と来世に被る幸福・利益・恩恵、即ち、『福利』の享受を願望するが、福利は前世および現世の業務で積み重ねた善行、即ち、『功徳』を因縁とする果報であり、さらに、功徳とは宇宙・生命・世界に関する諸法正義秩序を基調とする業務活動を因縁とする果報実相であることの前提となる宇宙・生命・世界に関する諸法実相に係わる信用保障と情報保障および生活保障や安全保障と危機管理は、必須の要素である。

 

今回も、生活保障や安全保障と危機管理の本拠・根拠である信用保障と情報保障に理解を深めて納得できる健全な体勢の構築に関与する事を目的として情報素因となる事柄についての用語を定義して解説する。

 

≪その5の続き≫


32  『規範』または『パラダイムparadigm』と云う語は、
ある時代・集団を支配する考え方または社会的行動や判断の基準となる模範や価値観と云う概念を、また、規範移行』または『パラダイムシフトparadigm shift』と云う語は、規範またはパラダイムが、非連続的・劇的に変化するが如き是の概念を、其々認識して表現するのに用いる。

 

尚、規範パラダイムが異なる複数の集団または個人が共同で活動する場合には、物事・事物の正道正義正論の依拠・本拠となる道理を拡張して交渉するのが普遍的な作法であり、尤も、道理に暗くて知恵・知性・知能・知力・勇気・度量が無い人々が根拠・本拠・依拠として業務を続けて詭道や外道邪道が蔓延ると無理ムリが続き、ムラ無駄ムダが極大化して“不毛痴態”に陥り、何れ大きな災難を被る危険性が高いが故に、其の世界の支配者・主導者・主宰者は、道・天・地・将・法の五事を知り、道理の許容範囲を拡張するような規範移行パラダイムシフトをして道理に適宜な余裕を確保し、正の白熱関数エンタルピーの状態に情報活動を回復して維持するのが、“依正不二の民主主義”の工程だと、私は理解して納得する。


然し、道・天・地・将・法の五事を知らずに詭道や外道邪道悪道非道極道を常に歩むアヒル心理経アヒル思考経が蔓延した世界を根拠・本拠・依拠とする支配者・主導者・主宰者や“無作為接触要員”などは、是の世界の中で無理ムリが如きの業務を続けるためにムラ無駄ムダが如き是の物事・事物が極大化して“不毛痴態”に陥るが故に異論・反論・抗議を排斥して削除すると云う“乱暴・阿呆・間抜け”な情報活動を繰り返して負の
白熱関数エンタルピーの状態で情報活動を継続し、其の上位世界秩序まで壊乱して大災難を誘発する危険性が高いから禁忌して規範移行パラダイムシフトを強制する必要があると、私は観念して諦めた。


33  
正義と云う語は、物事・事物の存在に係わる諸法や道・天・地・将・法の五事に関する正しい意義または正しい解釈が如き是の概念を認識するのに用いるが、秩序正義の関係には『秩正不二の原理』が平和な状態で成立しすると、私は理解する。

反対語の『邪義』または『不義』と云う語は、単なる過誤や間違ではなく、所定の秩序を乱し邪険は状態を誘発する危険性が高い教義・意義が如き是の概念を認識して表現するのに用いる正語だと、私は理解する。


また、『論理』と云う語は、考えや議論などを進めていく筋道や思考や論証の組み立てが如き是の概念または思考の妥当性が保証される法則や形式が如き是の概念もしくは事物の間にある法則的な連関が如き是の概念などを、また、『正論
と云う語は、或る事実について道・天・地・将・法の五事に関する正義と対照して理非曲直の区別を弁別・識別・理解して、五事に適った正しい意見や議論が如き是の概念を認識するのに用いる。


反対語の『邪論』と云う語は、理論の拠所となる根拠・本拠・依拠に欠陥または悪処・悪趣があり、論理が破綻している非合理な意見や議論が如き是の概念を認識して表現するのに用いる正語だと、私は理解する。

 

尤も、道・天・地・将・法の五事を知らずに“”を“灰色”が如き是の邪説邪論を“正論”と云う名の下に主張して気勢を上げ、さらに、“灰色を“”が如き是の邪説邪論を“正論”と云う名の下に主張してして市民感覚を錯誤または錯乱させるような記事を書くアヒル心理経アヒル思考経に拠り政治部が運営されていると思しき“詭道機関”が存在するので、国民の和が整わす、憲法で定めた統治の基本秩序が壊乱し、天変地妖に因る災難を誘発するのだと、私は推察する。

因みに、九何の原則に沿った三現主義に即応した場当り済し崩しの手法で対応すべき出来事に関する道・天・地・将・法の五事を知らずに下心思惑に左右され、偏見・邪見・邪説・邪論に基づく場外れ出しっ放し詭道が体質化すると、信用保障と情報保障および生活保障と安全保障に対する心遣い思遣り”係わる義理が廃れて人情が荒むという事実は、例えば、平成23年(2011年)3月11日に未曾有の東日本太平洋沖大震災に遭遇して呉越同舟の状態になり異体同心で対応すべき事態なのに、妄語・綺語・両舌・悪口を多用して同体異心が如き是の情報戦が展開されている日本国の現実の様相が証明すると、私は観念した。


34  『道理』という語は、或る物事や事物に関する正しい筋道や人として行うべき正しい行動の筋道なとの筋が通っている又は正論であるが如き是の概念を、また、『正道』と云う語は、道義的に正しい道や正義の道または素直で正しい道が如き是の概念を、さらに、『内道』という語は、特定の宗教などの原理原則の範囲の内側にある道理や道義または教義を根拠・本拠・依処とする物事や事物と云う概念を其々認識するのに用いる。

反対に、『外道』という語は、特定の宗教などの原理原則の範囲の外側にある道理や道義または教義を根拠・本拠・依処とする物事や事物と云う概念を、また、『邪道』という語は、正当でない方法や本筋から外れたやり方が如き是の概念または、心が捻じ曲がって正しくないが如き是の概念や其の人と云う概念もしくは、よこしまな道や不正の道と云う概念を、其々認識して表現するのに用いる正語だと、私は理解する。


因みに、単に道理に背く考えが如き是の様子や其の考えを持つ者が如きこれの概念や災いをもたらす因縁となる物事や事物が如きこれの概念または邪魔や障魔もしくは悪魔が如き是の概念などを外道または外道という言葉で認識して表現する場合もあるから両者は類義語だと、私は推察する。

 

非道』と云う語は、残酷であるが如き是の概念や惨い・酷いが如き是の概念もしくは、甚だしく度を超しているが如き是の概念または程度が非常に悪いが如き是の概念などを、また、『悪道』と云う語は、悪い行いや酒色に耽るが如き是の概念や放蕩して思うままに振る舞うが如き是の概念を、また、『極道』または『獄道』と云う語は、悪事を行ったり酒色や道楽に耽ったりするが如き是の概念や身持ちが悪く素行の修まらないが如き是の概念を、其々認識して表現するのに用いる正語であるから、非道悪道および極道獄道は、類義語だと、私は推察する。

 

尚『中道』と云う語は、対立する物事や事物の何れか一方に偏ることなく常に均整がとれて変化しない中立または中正が如き是の道理または物事や事物に必要な各成分に過不足がなく調和やがとれている中庸如き是の道理と云う概念を認識するのに用いる、尤も、アリストテレスの倫理学の中庸』と云う語は、徳の中心になる概念で、過大と過小の両極端を悪とし、徳は正しい中間を発見してこれを選ぶことにあると定義されていると、私は理解する。

 

因みに、仏教で論説する因果の道理では、『善道』または『善趣(ぜんしゅ)』と云う語は、前世または現世で善業を成した者が、現世または来世に赴く道の如く是の生命活動の存り方として天道・人道・修羅道の三つの善い道または善い趣(おもむき)と云う概念を、反対に、『悪道』または『悪趣(あくしゅ)』と云う語は、前世または現世で悪業を成した者が、現世または来世に赴く苦悩の如く是の在り方として地獄道・餓鬼道・畜生道の三つの悪い道または悪い趣(おもむき)と云う概念を、其々認識するのに用いる。


また、『苦集滅道(くじゅうめつどう)』または『四諦の理(したいのり)』もしくは『四聖諦(ししょうたい)』と云う語は、迷いと悟りの両方に亘って因縁と果報を観念して、現世は凡て苦であると諦めた苦諦(くたい)と、苦の素因は煩悩であると諦めた集諦(じったい)・煩悩を滅すれば苦は無くなると諦めた滅諦(めったい)および、苦諦・集諦・滅諦を実践する道筋を諦めた道諦(どうたい)と云う四つの道理が如き是の概念を認識するのに用い、また、『八正道(はっしょうどう)』または『八聖道(はっしょうどう)』という語は、正見・正思惟(しょうしゆい)・正語・正業・正命・正精進・正念・正定(しょうじょう)から成り、道諦の道筋を修行する際の基本となる8種の実践徳目が如き是の道理と云う概念を認識するのに用いる。


尤も、原始仏教;小乗仏教の集大成と云われる苦集滅道四諦の理四聖諦を論じて説教する前に釈尊は、、弟子たちに八正道を実践させたと云うから、原始仏教;小乗仏教は、特性と要因の相関分析および回帰分析が如き論理的な手法を用いて道理の近似的な分析・解析を通じて成立したのだろうと、私は推察する。


さらに、『聖道(しょうどう)』という語は、仏の教える道または覚悟をする道や悟りを開く道の修行のあり方として、声聞道・縁覚道・菩薩道・仏道の四つの道理が如き是の概念を認識するのに用いる。


阿弥陀仏の広大な誓いを信じ、念仏して極楽浄土に往生すると云う他力の教えが如き是の道理を説く浄土宗・浄土真宗・時宗・融通念仏宗などに入る門が如き概念を『浄土門(じょうどもん)』または『他力門』と云う言葉を、また、自ら修行して現世において自力で悟りに到達しようとする教えが如き是の道理を説く真言宗・天台宗などに入る門が如き概念を『聖道門(しょうどうもん)』または『自力門』と云う言葉を、其々用いて認識するのだと、私は理解する。

 

結局、原始仏教;小乗仏教から大乗仏教へと規範移行レジームシフトした浄土門他力門聖道門自力門は、何れも『依正不二の原則』と『善悪不二の原則』および『苦楽不二の原則』を成立させるための工程に過ぎないが、道・天・地・将・法の五事を自ら知り他にも報せることを以って諸法正義秩序を基調とする世間の義理と人情を秤に掛けて中庸の平和を探索して達成する方便として何れを信ずるかは、其々の教義と実相因果の道理と対照し、理非曲直の区別を弁識・理解して、是非曲直の区別を優勝劣敗で弁別・判断すべきだと、私は理解する。

 

因みに、『報道』という語は、道・天・地・将・法の五事を自ら知る“心遣い”と他に報せる“思遣り”を以って衆生の平和を計り社会の秩序を探索する正道を報せる木鐸が如き是の概念を認識するのに用いる。


他方、『詭報道』という語は、道・天・地・将・法の五事を謗り邪な“下心”や“思惑”を隠蔽するために“”を“灰色”が如き是の邪説邪論を“正論”と云う名の下に報道して物議を醸して気勢を上げ、“灰色”を“”が如き是の邪説邪論を“正論”と云う名の下に報道して物議を醸して市民感覚を錯誤または錯乱させるアヒル心理経アヒル思考経を蔓延させる邪道外道非道悪道・極道が、詭道を以って報せるが如き是の概念を認識して表現するのに用いる正語だと、私は観念して諦めた。


35  他力本願』と云う語は、阿弥陀仏の誓いを信じ、念仏して死後に極楽浄土に生まれることを願えば極楽浄土に往生できると説く浄土門他力門の教えに由来し、理念や目的に対して自らの修行の功徳によって覚悟を得るのでなく、他者の本来の願い;本懐の効力や影響力に拠る所定の工程に依存すれば然るべく救済されると云う態度が如き是の概念を、また、『自力本願』と云う語は、苦集滅道四諦の理四聖諦に基づく八正道の徳目を実践する聖道門自力門の教えに由来し、自分たちの理念や目的に対する本来の願い;本懐を信じて因果の道理に沿って対象とする物事・事物・事象を観念し、自己の知性・知能・知力を修行する功徳に依り必要な工程諸法実相諦めて信ずるべき活動を行い、時宜を得て実現性の検証を通じて学び、適宜な手法による妥当性の確認を経て覚悟を得ると云う態度が如き是の概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、『本願』または『本誓(ほんぜい)』と云う語は、すべての仏・菩薩が衆生を救済するために起す、限りなく多くの衆生を済度しようと云う“衆生無辺誓願度”と量り知れない煩悩を滅しようと云う“煩悩無量誓願断”、尽きる事の無いほど広大な法の教えを学び取ろうと云う“法門無尽誓願学”、無上の悟りに達したいと云う“仏道無上誓願成”で構成されている “四弘誓願”や、阿弥陀仏が起したと思しき“四十八願”などに如き是の誓いと願いと云う概念を認識するのに用いる。


また、『誓願』または『本願』もしくは『本誓(ほんぜい)』と云う語は、すべての菩薩や仏が衆生を救済するために起す、限りなく多くの衆生を済度しようと云うが如きの『衆生無辺誓願度』や、量り知れない煩悩を滅しようと云うが如きの『煩悩無量誓願断』、尽きる事の無いほど広大な法の教えを学び取ろうと云うが如きの『法門無尽誓願学』や、無上の悟りに達したいと云うが如きの『仏道無上誓願成』で構成されている『四弘誓願』などが如き是の誓いと願いと云う概念を認識するのに用いる。

 

尚、『自行化他』と云う語は、自らの為に仏道修行して得た知恵・智慧を以って他を教化するが如き是の概念または自らの悟りのために修行し努力して作った物事や事物を以って他人の救済の為に尽くすが如き是の概念などを、また、『他化自在』と云う語は、他人が修行して得た果報を自分の所在として利用すると云う態度の如き是の概念または他所の者が作った物事や事物を自分の所在として受け取ると云う態度の如き是の概念などを、其々認識するのに用いる。


ここで、過去・現在・未来の三際に亘って自行化他他化自在の態度の組み合わせは、例えば、過去の者から他化自在で受け入れた物事や事物を、現在の者が自行化他で改めてから、未来の者に他化自在で引き渡す事例と、過去の者が自行化他で為した物事や事物を現在の者が他化自在で受け継いで、未来の者に自行化他で引き渡す事例や、過去・現在・未来の三際に亘り一貫して自行化他とする事例と、過去・現在・未来の三際に亘り一貫して他化自在とする事例などが考えられるが、因果倶時か因果異時かに拘わらず、現在何を為して未来に何を引き継ぐべきかの使命感に由り、自ずからその態度の組み合わせに然るべき差異があると、私は理解する。


 さらに、『自利利他』や『自益益他』と云う語は、自分の利益を追求して得た浄財を他人が利用するために寄付または喜捨などをすると云う態度の如き是の概念を、また、『他利利自』や『他益益自』と云う語は、他人の利益を追求して得させた利益から自分の為の利子・利息や配当などを得ると云う態度の如き是の概念を、其々認識するのに用いるが、其々の態度に対する是非の判断は規範レジームと個人の価値観煩悩などの特性に依存すると、私は理解する。

 

結局、国際連合憲章や日本国憲法に明示された諸国民と日本国民の誓願:本願:本誓の間に、『国際連合憲章日本国憲法不二の原則』が成立し、一国や一個人の努力だけでは達成できなくても、大勢が異体同心で力を合わせれば達成でこると信じるが、其の物事や事物を為すには相応の知性・知能・知力・勇気・責任・権限などが必要だから、各々方は、自分が、何をしたいのか、何が出来るのか、世間は何を求めているのかについて三現主義に即応して懈怠なく観念し続け、時宜を得て出処進退を適宜に諦めることが大切で、道・天・地・将・法の五事を知り、自力本願的な要素と他力本願的な要素および自行化他的自利利他的・自益益他的な要素と他化自在的他利利自的・他益益自的な要素を臨機応変に混合して中庸特性を保持するが如き是の態度が要求されると、私は理解する。

 

≪その7に続く≫

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『宇宙・生命・世界に関する諸法と実相に係わる用語の定義と解説-その5』

2011/05/27 11:24

 

人間は誰しも、現世と来世に被る幸福・利益・恩恵、即ち、『福利』の享受を願望するが、福利は前世および現世の業務で積み重ねた善行、即ち、『功徳』を因縁とする果報であり、さらに、功徳とは宇宙・生命・世界に関する諸法正義秩序を基調とする業務活動を因縁とする果報実相であることの前提となる宇宙・生命・世界に関する諸法実相に係わる信用保障と情報保障および生活保障や安全保障と危機管理は、必須の要素である。

 

今回も、生活保障や安全保障と危機管理の本拠・根拠である信用保障と情報保障に理解を深めて納得できる健全な体勢の構築に関与する事を目的として情報素因となる事柄についての用語を定義して解説する。

 

≪その4の続き≫


22  煩悩(ぼんのう)』と云う語は、貧・瞋・痴・慢・疑・見の根本的な六つの苦素の主作用と交互作用により心身を苦悩させる働きと云う概念を認識するのに用いる。

 

尚、物質の中に存在する主成分以外の雑多な混じり物をと云う概念は『不純物』と云う言葉を、また、情報の中に存在する信号成分に混入した雑多な成分と云う概念は『雑音』と云う言葉を用いて認識するが、物質の中に含まれる不純物や、情報の中に含まれる雑音は、精神またはを根源・本源として生起する思考・思念の中に含まれる雑念の因縁となる煩悩に相当する働きをする存在だと、私は推察する。

 

因みに、物質の中に含まれる不純物は一般的に邪魔物と見做されるが、然し、古来の、卑金属を貴金属の金に変えようとする“錬金術”は、科学としては誤りであっても、そこから得られた化学的知識を利用して、例えば、不純物と見做される因子の種類や含有量などを制御して管理することにより純鉄よりも優れた特性をもつ鋼鉄・合金鉄・合金鋼などの研究開発の糧にしたなど、多くの化学的知識が蓄積され、近代化学成立の基礎資料となったと、私は理解する。

 

また、情報の中に含まれる冗長性などの雑音も一般的に邪魔物と見做されるが、然し、信号成分だけの情報は難解で誤解や曲解の因縁と生りかねず、情報についての信号雑音比最適値は、通信当事者の間で相互の機根および情報化能力情報解釈能力などの水準により異なるが、“話上手ほど冗長な言葉を多用する”また“聞き上手ほど冗長な話を楽しんで、適切な質問を多用する”と、私は理解する。

 

故に、煩悩覚悟の関係には『煩覚不二の原則』・『脳梧不二の原則』が成立し、人間は、煩悩という因子を消滅するのではなく、生命活動の機に従って時宜を得た煩悩の種類と数量を適宜に取捨し、活動の必須要因として有効利用するのがよいと、私は理解する。


23  
六根』と云う語は、眼根・耳根・鼻根・舌根・身根・意根から成り、感覚認識意識煩悩の作用によって迷いを生起させる因縁となる六つの器官と云う概念を、また、六境』と云う語は、色境・声境・香境・味境・触境・法境から成り、六識の対象としての六つの境界と云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、六根を拠所とし六根を対象として無意識の中で外界の事物や身体内部の状態を知る働きをする器官と云う概念は『知覚器官』または『感覚器官』と云う言葉を用いて認識し、また、感覚器官知覚器官を通して知る事柄を『感覚』または『知覚』と云う言葉を用いて認識して表現する。

 

因みに、五種類の知覚感覚は、眼根を拠所とし色境を対象とする視覚』・耳根を拠所とし声境を対象とする聴覚』・鼻根を拠所とし香境を対象とする嗅覚』・舌根を拠所とし味境を対象とする味覚』・身根を拠所とし触境を対象とする触覚』などと称し、生体の感覚に興奮または反応を生じさせるために必要な刺激量の最小値を、生理学や心理学では『閾値(いきち)』と称し、、物理学や工学では『しきい値(刺?閾値)』と呼称すると、私は理解する。


また、刺激が小さくて生体に反応の起こらない状態を『閾下(いきか)』と称し、閾下の信号や雑音について意根を拠所とし法境を対象とする知覚器官潜在意識の内部で知る心理作用を『閾下知覚』または、五感以外にあって五感を超える感覚が如き是の概念は『第六感』や『直感』または『』などという言葉で表現し、閾下知覚に拠る内容や事情は、一般的に理屈では説明がつかず、鋭く本質をつかむ場合もあるが、単なる思い込みの場合もあると、私は推察する。

さらに、潜在意識に働きかけるが如き是の様子と謂う概念を認識する『サブリミナルsubliminal』や、神仏が乗り移った如き是の様子になる人間の超自然的な感覚と謂う概念を認識する『霊感』の類は、閾下知覚に係わる事柄だと、私は推察する。


故に、六根六境の関係には『根境不二の原則』が成立し、アヒル心理経を排斥するために、人間は、“六根清浄”の修行をして煩悩の種類と数量の最適値を維持する必要があると、私は理解する。


24  
六識』と云う語は、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識から成り、六根を拠所とし、六境を対象とする、六つの認識機能と云う概念を認識するのに用いる。

 

尚、六種類の認識は、眼根を拠所とし色境を対象とする眼識』・耳根を拠所とし声境を対象とする耳識』・鼻根を拠所とし香境を対象とする鼻識』・舌根を拠所とし味境を対象とする舌識』・身根を拠所とし触境を対象とする身識』・意根を拠所とし法境を対象とする意識』などと云う言葉を用いて認識し、表現する。

 

因みに、六識以外にあって六識を超える認識の根拠や本拠としての情報を記憶して無意識の状態にも存在するのは、我に執着して存在の根拠となる心の働きに拠り迷いの根源とされる第七識の『末那識(まなしき)』・宇宙万有を蔵して失わなず、万有発生の種子をぞうして万有展開の根源であり、心の主体とされる第八識の『阿頼耶識(あらやしき)』と云う呼称を、また、潜在意識の中に遺伝子:DNA(デオキシリボ核酸)の類と思しき状態で存在するのは、穢れが無い無垢・清浄な真如である真我を蔵して前の八識との縁に随いて生起する宇宙万有の本源であり、心の本拠とされる第九識の『阿摩羅識菴摩羅識(あまらしき)』と云う呼称を用いて認識し、表現する。

 

故に、知覚;感覚と知識:意識認識の関係には『覚識二の原則』が成立し、統計的手法や科学的手法を方便として用い、知覚した内容と認識した内容の『相関分析』をして知覚;感覚の実現性の検証をし、且つ、知覚した内容や事情と認識した内容や事情の『特性要因分析』と『回帰分析』をして知覚;感覚意識認識の妥当性の確認をして勘と知識や知性・知能・知力および信頼性の維持と向上を計る必要があると、私は理解する。

 

尚、六根六境および六識の間の関係には『根境識不三の原理六根六境六識は三而して不三亦不三而して三の原理の略語)』が成立し、アヒル心理経アヒル思考経を排斥するために、人間は、“六根清浄”の修行をして煩悩の種類と数量の最適値を維持し、道・天・地・将・法の五事を自ら知り他に報せる“心遣い”を表現する勇気・度量と、衆生を和らげる“思遣り”を表現する知性・知能・知力を育成する必要があると、私は理解する


25  
不二の原理』即ち『二而して不二亦不二而して二の原理』を略した語は、物事・事物が三際に亘って変化してゆく状態を観念するときに、対象とする事象の『直接原因』と『間接条件』または『因縁に由来する行為の結果』と『(行為の結果に対して受ける報い)』に関係して、相対的な見地ではは相互に対立や矛盾または依存する二元的な働きをするが、絶対的な立場では両者はに対する因縁として、大局的に無差別の一つの如き一理としての判断や評価が出来るし、また、絶対的な見地に立てば一体的な果報となる事象でも相対的な立場ではは其々が局部的に独立し相互に対立や矛盾または依存する働きをしていると差別しての判断や評価ができるから、固定観念に捉われると因果の道理を踏み外す危険性が高いと云う、物事の根本的・本質的・基本的な筋道・条理・道理原理原則の概念を認識するのに用いる。


因みに、不二の原理を現場・現実・現実に即応して論式化すると、例えば、
「或る時には『因縁果報』で、別の時には『因縁果報』となる」ではなく、
「或る時に『因縁果報』であると同様に『因縁果報』でもある」と表現でき、
宇宙を依処とし、生命を正体とする物事のに係わる問題は『依正不二の原則』で、また、物質精神に係わる問題は『色心不二の原則』に随って観念して諦めなければ、宗教科学世界に関する原理原則に係わる諸法正義秩序理解して納得することは極めて困難だと、私は推察する。


26  
因果の道理』と云う語は、宇宙生命および世界に関する万事・万象は、因縁果報は一対であり、因縁がなければ果報は起こらず、果報がなければ因縁はなかったがと見做す工程が如き是の道筋・道理原理と云う概念を、また、『因果応報の原理』と云う語は前世あるいは過去の善悪の行為が因となり、その報いとして現在に善悪の結果がもたらされる道筋が如き是の工程原理云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、因果の道理および因果応報の原理は『因果不二の原理』と言い換えることができると、私は理解する。

 

因みに、第六感直感または閾下知覚働きで察した物事は、一般的に理屈では説明がつかなくても、因縁と果報は必ず存在するはずで、対象とする物事の特性と他の物事の特性について相関分析をすれば、鋭く本質を掴んでいるか又は、単なる思い込みか若しくは“下心”や“思惑”があるかを見抜くことが出来ると、私は推察する。


27  『因果倶時』と云う語は、
因果の道理を根拠・本拠・依拠とし、因縁と果報が一つの世界に存在する生命に同時に具わっている工程に沿って物事・事物を観念して諦めるが如き是の原理と云う概念を、また、因果異時』と云う語は、因果の道理依拠とし、前世:過去世と現世:現代世および来世:未来世を其々分割した工程として物事・事物を観念して諦めるが如き是の概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、人間の人生を因果倶時で論ずれば、現世:現代世に生まれてから死ぬまでの生命活動に関係する業務の内容と事情を分析し、前世あるいは過去の善悪の行為が因となり、その報いとして現在に善悪の結果がもたらされると云う因果の道理に依拠する原理が如き是の概念を認識する『因果応報の原理』と対照して解析すれば、前世:過去世の様子が推察でき、来世:未来世の様子も予測して観念改善する方便諦める事が出来ると、私は理解する

他方、人間の人生を因果異時で論ずれば、前世:過去世の生命活動に関係する業務の内容と事情は記憶に無いし、一寸前なら覚えていても済んだ物事や事物の遣り直しは出来ないと観念して諦め、来世:未来世の様子を予測しても、一寸後の物事や事物のなら運が良ければ当たるかも知れないが、ずっと後のことは分からないと観念諦め、現世:現代世が快楽ならば幸福で苦難があれば不幸だと観念して諦めてしまい、過去や将来のことを考えないで只管に現在の瞬間を充実させてい切れば良いとする考え方や一時的な快楽を求めようとする考え方が如き是の概念を認識する『刹那主義』に陥る危険性が高いと、私は推察する。


28  
業務』と云う語は、事業の操業や職業に関する任務に係わり継続して行う仕事または、宇宙生命に関する循環工程が機能する上での反復的な組織活動や個人的な行動が如き是の概念を、また、武士道』とは、主権者に選ばれて公僕として仕え、主権者の代理として国家を統治する権限が付与され且つ国民に対する信用保障ならびに情報保障および生活保障と安全保障の責任が課され、国家を統治の基本秩序を回復または維持するために必要な場合の方便としての武力行使の発動をも主導する責任が課され権限が付与された業務に係わる志士の道徳・正道が如き是の概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、武士道は、正義秩序を基調とする生命活動をし、毎朝、世情を観念して道・天・地・将・法の五時を知り、懈怠なく出処進退める機根を最適化する事であり、国会議員・国務大臣・裁判官・検察官・その他公務員は元より、弁護士や大衆通信媒体の記者などにも武士道が適用されると、私は理解する。


29  
出処進退』と云う語は、進出して所定の業務を行う処と退出して業務の準備をする処と云う概念を、また、『懈怠(けたい)』と云う語は、民法上の過失と同義とされ、所定の責任や義務を怠ることに由り 一定の業務を成すべき期日にそれを怠りまた、期間内に一定の業務行為をしないで過ごすが如き是の概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、場当り・済し崩し業務に関する武士道は、現場・現物を観念した内容と事情に即応して迅速性・簡潔性・明朗性・影響性・利害性を重視して必要な物事・事物を懈怠なく諦めて所期の行動を実施するのが普遍的な方便であり、現実に即応した正確性を期すために時宜を得て、相関分析』や『特性要因分析』と『回帰分析』などの統計的手法および科学的手法をを通じて実現性の検証と妥当性の確認を懈怠なく実施し、必要に応じて逸脱許可特別採用申請をも含めた出処進退観念し、妥当な行動を諦めると云う循環工程懈怠なく操業して問題を解決するのが良いと、私は理解する。


30
  『品質』と云う語は、或る用途の物事・事物に本来備わっている特性の集合体が、要求事項を満たす程度と云う概念を認識するのに用い、品質水準は一般的に、“不満足な”、“極悪の”、“悪い”、 “不良な”、“普通の”,“満足な”、“良い”、“優良”、“優れた”、“優秀な”などの形容詞を伴って表現されるが、ここで、特定の品質に“本来備わっている特性”とは、“付与された特性”または“削除された特性”とは異なり当該の事物や物事が独立的に存在する限り保持する特性が如き是の概念を認識するのに用いる。


故に、特定の事物や物事の特性が時間の経過と共に変化して所定要求事項を満たす程度が変化すれば品質水準は変化するが、所定要求事項に対して不満足な水準の特性を持つ事物や物事と云う概念は『不適合』と云う語で認識して表現され、また、不適合な水準の特性を、所定要求事項を満足するが如き是の様子に直すと云う概念は『手直し』という語を用いて認識して表現する。

 

尚、『十界』と云う語は、衆生の住む世界の理念または目的に関する諸法実相の覚悟を達成の最中に於ける一定の目標に係わる迷いと悟りの視点から物事や事物に固有の精神的価値の水準を、最下層の地獄界から最上層界の仏界に至る10種の境界に区分した階級と云う概念を認識するのに用いる。


因みに或る物事・事物の品質に関する特性値を十界に区分し、例えば、修羅界を平均水準と見做して各界層の偏差を仮定して偏差値と工程能力指数で表現し、適合確率を推定すれば、次に示すようになると、私は判断する:

 十界位    偏差   偏差値  工程能力指数   適合確率

 仏界   6σ  110    2.00   99.9999999%

 菩薩界  5σ  100    1.66   99.9999913%

 縁覚界  4σ   90    1.33   99.9968%

 声聞界  3σ   80    1.00   99.865%

 天上界  2σ   70    0.66   97.72%

 人間界  1σ   60    0.33   84.13%

 修羅界  0σ   50    0.00   50.00%

 畜生界 -1σ   40   ‐0.33   15.87%

 餓鬼界 -2σ   30   ‐0.66    2.28%

 地獄界 -3σ   20   ‐1.00    0.13%

 

或る世界の仏が覚悟して確立した修行の工程は、持戒の者が多く破戒の者が少ないが如き是のの時勢の概念を『正法時』という語で認識し、破戒の者が多く無戒の者が少ないが如き是の時勢の概念を『像法時』という語で認識し、無戒の者が増加して破戒の者が少ないが如き是のの時勢の概念を『末法時』という語で認識するが、是は産業界の新工程や新商品の開発・普及に於いて初期は純正が尊重され、中期は模造が流行し、末期には既存商品は陳腐化するという一般的な事象に類似していると、私は理解する。


因みに、日蓮聖人は『教機時国抄』で、「正法には破戒・無戒を捨てて持戒の者を供養すべし、像法には無戒を捨てて破戒の者を供養すべし、末法には無戒の者を供養すること仏の如くすべし、但し法華経を謗ぜん者をば正像末の三時に亘りて持戒の者をも破戒の者をも無戒の者をも共に供養すべからず、供養せば必ず国に三災七難起こり供養せし者も必ず無間大城に堕すべきなり」等云々と説いており、産業界の新工程や新商品の開発・普及段階の教宣活動や宣伝活動の方便に類似していると、私は理解する。


然し、昨今の政界や新聞業界な度を垣間見えると、道・天・地・将・法を知らないアヒル心理経アヒル思考経に拠りて、現時点に於ける“南無妙法蓮華経”と見做すべき日本国憲法をば謗る族が跳梁跋扈しているが、日本国憲法をば謗るののをば、持戒の者や破戒の者と無戒の者などと一緒にして、供物を捧げて養うが如き兆候が見られるのが昨今の天変地妖の因縁ではなかろうかと、私は推量する。


31
  『等級』と云う語は、同一の用途を持つ物事・事物について、異なる品質要求事項に対して与えられる区分:上下・優劣の順位を表す段階が如き是の概念を認識するのに用いる。

 

尚、『十界互具』と云う語は、衆生の住む世界の諸法実相を悟りと迷いの視点から仏界菩薩界縁覚界声聞界天上界人間界修羅界畜生界餓鬼界地獄界10種の境界に分けた十界の中の其々が、さらに十界に区分されており、例えば、地獄界が、また、仏界にも地獄が、其々存在すると云う概念を認識するのに用いる。


因みに或る物事・事物の等級に関する特性値を十界に区分し、さらに、品質に関する特性値を十界に区分すれば、例えば同じ品質に対しては、地獄界に存在すると、仏界に存在する地獄の工程能力は等しく、適合確率は其々約0.13%となり、また、人間界の工程能力は、仏の適合確率が約84.13%、人間の適合確率が約70.78%、地獄の適合確率は約0.11%と、私は推定する。

また、『一念三千の事理』と云う語は、衆生の一念で観念する世界における現象界の事物や物事と其の背後にある根本的な理論は、三際に亘り十如是諸法道理に沿って出現する事象を、依所の十界として知覚認識される実相と、本拠の十界として知覚認識される実相から成る三千の要素・世界で構成されるが如き是の概念を、また、『三千世界』と云う語は、一念三千の事理で知覚・意識される個々の世界が如き是の概念を、さらに、『小三千世界』や『中三千世界』または『大三千世界』と云う語は、各々が三千世界の集合体とであり宇宙と生命に係わる諸事・諸物・諸事象は一念三千の事理に基づく『相似則』を適用して推論できるが如き是の様相であると云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

因みに、生起してはならない失敗の各事象を最上事象として掲げ、其の事象が生起する因縁となる諸々の事象を中間事象として列記し、さら其々の因縁となる直接原因と間接条件の素因を最下位の基本事象として列挙して、其々の基本事象の発生確率から失敗の発生確率を探求して大失敗や大事故を防止する手法が如き是の概念を認識する『失敗の樹形解析FTA (Fault Tree Analysis)』や、体系的な物事・事物における重大な事故・危険の未然防止策を検討するため、設計段階で体系を構成する部位や部品に係わる失敗や故障の形態を列挙し、各形態の失敗や故障が生起した場合に上位体系が受ける影響の程度と其の形態の失敗や故障が生起する因縁および其の事象や兆候を検出して排除することの容易性を其々10段階に区分して対策の優先順位を決める手法が如き是の概念を認識する『失敗形態の影響解析FMEA(Failure Mode and Effects Analysis)』には、一念三千の事理の理念・観念が効果的に応用できると、私は理解する。

 

≪その6に続く≫

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『宇宙・生命・世界に関する諸法と実相に係わる用語の定義と解説-その4』

2011/05/26 01:45

 

人間は誰しも、現世と来世に被る幸福・利益・恩恵、即ち、『福利』の享受を願望するが、福利は前世および現世の業務で積み重ねた善行、即ち、『功徳』を因縁とする果報であり、さらに、功徳とは宇宙・生命・世界に関する諸法正義秩序を基調とする業務活動を因縁とする果報実相であることの前提となる宇宙・生命・世界に関する諸法実相に係わる信用保障と情報保障および生活保障や安全保障と危機管理は、必須の要素である。

 

今回も、生活保障や安全保障と危機管理の本拠・根拠である信用保障と情報保障に理解を深めて納得できる健全な体勢の構築に関与する事を目的として情報素因となる事柄についての用語を定義して解説する。

 

≪その3の続き≫


19  情報化』と云う語は、他人には知覚できない精神的な事情や内容を、他人にも、知覚認識できるような情報に変えるが如き是の様子と云う概念を認識するのに用い、また、『情報解釈』と云う語は、情報に使われている表象の媒体の国語的な意味を明らかにし、そこに使われる言葉を文法的の明らかにし、情報の要素の論理的なな配列を考慮して、拡張解釈・類推解釈・反対解釈・縮小解釈などの技法を通して、情報通信の目的に従って合理的・精神的に知覚・認識できるように解明し理解するが如き是の様子と云う概念を認識するのに用いる。


さらに、『情報化能力』と云う語は、情報化をするのに必要な知性・知能・知力の数量などの因子が構成する集合体の仕事当量が如き是の特性と云う概念を
、また、情報解釈能力』と云う語は、情報解釈をするのに必要な知性・知能・知力の数量が如き是の特性と云う概念を、其々認識して表現するのに用いる。


尚、『情報戦』という語は、或る事実について利害が対立している集団の間で相手に対して情報優勢を獲得するために、必要な時に必要な人へ必要な内容の情報が伝達される事柄に関する主導権をめぐる競争の一局面に係わり、味方の情報情報通信体系を防護し且つ敵の情報または情報通信体系を攻撃・攪乱・妨害するが如き是の敵味方相互間における一連の情報活動と云う概念を、また、『情報の中立性』という語は、特定の政治宗教または思想の支配から情報を守り且つ個人の立場や信条に左右されず尚且つ世間に阿らず、其の独立性および正確性と公正性および中庸の確保を目指すが如き是の特性と云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

因みに、情報戦は、社会の大事にして死生の地存亡の道であり、あらゆる事態を観念する必要があるが故に、先ず、道・天・地・将・法の五事を経て物事・事物を観察し、道の理(主体の使命の根拠・本拠)は何処の何事・何者に有るか、天の時と地の利(宇宙・地球の客体としての環境的な依拠)は何時・何処で何事・何者が得るか、道の理や天の時と地の利に能う力は何処の将(統率者)に有るか、法令を執り行うのは何れの機関か、活動力が強いのは何処の集団か、組織活動の訓練が行き届いているのは何処の集団か、組織としての賞罰が明確に実施されているのは何処の集団か等々の事柄について対象の量的特性を計算して比較し、而して其の事実上・現実的な情状を探索して思念して勝敗の勘定し、出処進退諦めるが如き是の心理経思考経を通じた情報化および情報解釈を以って戦略戦術を展開するのが古来普遍的な方便だと、私は理解する。


尚、孟子が「天の時は地の利に如かず地の利は人の和に如かず
天の与える好機も土地の有利な条件には及ばず、土地の有利な条件も民心の和合には及ばない」と説いているように、情報戦には異体同心の通信体系の確立と維持が大切であり、一羽が「ヨコちゃんだ」と鳴けば、百羽が寄って集って「アヒルだガ~ガ~」と気勢を上げるが如き是のアヒル心理経アヒル思考経に拠る情報活動は、人を欺くやり方・不正な手段の詭道だとは雖も、敵の心理経思考経や通信系統を攪乱して情報伝達機能を妨害する方便としては強力な道具になると、私は推察する。

 

また、日本新聞協会の新聞倫理綱領(平成12年6月21日制定)には『正確と公正』と題して「新聞は歴史の記録者であり、記者の任務は真実の追究である。報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない。論評は世におもねらず、所信を貫くべきである」と、また、『独立と寛容』と題して「新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない。他方、新聞は、自らと異なる意見であっても、正確・公正で責任ある言論には、すすんで紙面を提供する」という条規は、或る事実について利害が対立して抗争をしている両者に対して公正な取材に基づいた事実を記事にするとを前提すれば、情報の中立性正義秩序を基調とする正道だと、私は理解する。


さらに、産経新聞社の記者指針には『自由と責任』題して、「表現の自由は人間の基本的権利であり、新聞は報道・論評の完全な自由を有する。それだけに行使にあたっては重い責任を自覚し、公共の利益を害することのないよう、十分に配慮しなければならない」として次に引用する条項は、正確と公正を報道の理(主体の使命の根拠・本拠)とする大衆通信媒体の記者が関与する情報化正道だと、私は理解する:


「1. 記事が客観的な事実なのか、あるいは記者個人の意見または推論・批評・期待なのか明確に読者に分からせる書き方をするよう心掛けねばならない。事実に基づかない記事や裏付けを欠く記事は、いかに客観性を装っても露見するものであり、それは産経新聞社にとって読者の信頼を損ねる自殺的行為となる。見出しについても同様である」という規定は、実現性の検証や妥当性の確認を欠いて
人を欺くやり方や不正な手段に拠る“詭報道”は、必然的に“風評加害行為”として、会社組織全体が厳罰処分の対象になるとの覚悟の表明だと、私は解釈する


「2.写真もまた正確かつ公正さが求められる。捏造はコンピューターの発達によって容易になしうる。写真ジャーナリストの良心と良識は一段と重みを増していることを自覚しなければならず、意図的に画像を操作したときは、その旨を明記しなければならない」という規定は、写真や映像および/または図画・図表などを用いて
人を欺くやり方・不正な手段を用いた“詭報道”に相当する行為は、徴罰処分の対象になるとの覚悟の表明だと、私は解釈する


「3.産経新聞記者は情報源秘匿の約束をした場合は必ず守る。明確にオフレコの約束をした場合も同様である。これを厳守するためにも秘匿やオフレコの安易な約束は避けなければならない」という規定を反対解釈すれば、情報の中継点としての大衆通信媒体は、情報源を明瞭にしないと入力側の信号雑音比S/N)が不明瞭であるから雑音指数NF)の勘定できずに信頼性は低く且つ正確度P)が不明で変化容量エンタルピーS)は過大で、負の
白熱関数エンタルピーEが大きくなり、興味本位な記事を売り物にする報道の仕方が如き是の概念を認識する『イエロージャーナリズムyellow journalism』または、扇情的な暴露記事を主とする低俗な新聞が如き是の概念を認識する『赤新聞』に相当するという自覚・自認の下に、情報源を秘匿した記事は会社組織全体が懲罰処分の対象になる危険性の覚悟の下に、原則として情報源は公開するとの表明だと、私は解釈する


「4.著作権は守らねばならず、盗作・剽窃は懲戒処分の対象となる。とくにネット上で多くの情報が容易に入手できる今日の状況は無自覚による盗用が行われやすいことに注意する必要がある。引用は公正を貫き、我田引水であってはならず、出典は明示しなければならない」との規定は、他人に文章や発言を引用する場合は、適切な引用符を用いて、引用部分と自分の文章とのけじめを明確につけ、引用符の中は引用する文章や発言を正確に表現しないと、他人の心理経思考経に基づく意見や報告を捻じ曲げてしまい、他人の生命・思想・良心・信教・集会、結社・言論・出版・表現などの自由を侵害して日本国憲法に違反し、著作権の侵害などよりも遥かに重大な犯罪に相当する危険性があるというという自覚・自認の下に、盗作・剽窃を懲戒処分の対象としたものであると、私は解釈する。

 

尚、日本新聞協会の新聞倫理綱領や産経新聞社の記者指針などの前記規定は報道に関係する正道であり、正道あるが故に、「心は誰にも見えないけれど“心遣い”や“下心”は見える」また「思いは見えないけれど“思いやり”や“思惑”は誰にでも見える」と云う人間の心理経思考経についての正義秩序を基調とする情報社会の復活と維持を目指して、『妄語』、『綺語』、『両舌』、『悪口』などを禁忌して、『正語』を用いて情報化し、情報解釈をし、道・天・地・将・法の五事を知り民衆の和を大切にする文化的な規範レジームの確立と継承が必要であると、私は理解する。


尤も、新聞紙や雑誌などの発行部数または番組の視聴率の獲得が報道の理(主体の使命の根拠・本拠)で有るという“下心”や“思惑”を露呈して、所定の賞罰を明確に実施せずに、アヒルの心理経アヒルの思考経などを依拠とする“詭報道”に因る“場外れ”な“風評加害行為”の“遣りっ放し”の“自殺行為”を放任するが如き是の様相を呈していると思しき昨今の日本国の世情を垣間見ると、“風評加害行為”が蔓延ると社会の秩序が乱れ、“風評被害”に依り社会・国家が滅亡する危険性が高いから、アヒルの心理経アヒルの思考経などを依拠とする“詭報道”を放任する大衆通信媒体は、自然法による勝負の審判が下される時期が遠からず必ず到来すると、私は確信する。


因みに、アヒルの心理経アヒルの思考経を依拠とする“詭報道”のイエロージャーナリズム赤新聞の“下心”や“思惑”は、例えば、
政治に関係する出来事を知らせる情報の中に使われている正語に拠る実質成分と、妄語綺語両舌悪口などによる陰影成分の比率や取材のための記者会見などにおける質問の内容などから垣間見ることが出来、“詭報道”の“下心”や“思惑”を持つアヒルの心理経アヒルの思考経などを依拠とするの集団は、道・天・地・将・法の五事をしらずに民衆の和を乱すために、当該出来事の関係者の心理経思考経の探索をするための取材や編集および報道を疎かにするのだろうと、を私は推察する。

 

例えば、内閣総理大臣と報道記者との会見という交渉の場における情報取材の際の模様について、『()「阿比留さんとは見方がかなり違う」(12日夕)』(2011.4.12 19:36 産経新聞配信)と題した記事によると、産経新聞政治部記者の阿比留瑠比様は「先ほど首相は『辞任をするのか』という時事通信記者の質問には答えなかった。現実問題として与野党協議にしても、最大の障害になっているのは首相の存在であり、後手に回った震災対応でも首相の存在自体が、国民の不安材料になっていると思う。一体、なんのためにその地位にしがみついていらっしゃるのか考えを聞かせてほしい」との要求に対して、内閣総理大臣の菅直人さんは「阿比留さん(産経新聞記者)の物の考え方がそうだということと、私は客観的にそうだということは必ずしも一致しないと思っています。先ほどらい、申しあげていますように、震災が発生して、即座に自衛隊の出動をお願いし、多くの方を救済をいただきました。また、原子力事故に対しても、大変な事故でありますから、それに対してしっかりとした態勢を組んで全力をあげて取り組んできているところでありまして、私とあなたとの見方はかなり違っているとしか申しあげようがありません」と応答したという事実は、阿比留瑠比様および/または菅直人さんの心理経思考経は、道・天・地・将・法の五事に悖り、交渉の場の和を蔑ろにして下心”と思惑”を露呈したのは、紛れも無い事実だと、私は判断する。


また、『汚染水海洋放出米の要請発言撤回 平田オリザ氏が謝罪』(2011.5.19 13:46 産経新聞配信)と題した記事によると「劇作家の平田オリザ内閣官房参与は19日までに、東京電力福島第1原発事故の汚染水の海洋放出は『米国からの要請』とした自らの発言について『他の事柄と混同したもので、事実ではない。撤回して謝罪する。関係各位に、ご迷惑をかけたことをおわびいたします』とのコメントを所属事務所を通じて発表した。平田氏はコメントで『3月11日以来、官邸に出入りしたこともなく、事実関係を知る立場になかった』と説明した。平田氏は17日、ソウル市内で講演し、放射性物質を含む汚染水を海に放出したことについて『米国からの強い要請で(海に)流れた』と述べた」との報道は、平田オリザさんの一連の発言が、劇作家としての発言なのか、内閣官房参与としての発言なのかは不明確であり“下心”も“思惑”は明確には見えないが、何れにしても平田オリザさんの心理経思考経は錯乱状態にあり、道・天・地・将・法の五事を知らずに日・韓・米の和を乱す危険性があるお粗末な発言に過ぎないが、一方、それを報道する大衆通信媒体の記者の方にも平田オリザさんの心理経思考経が錯乱状態になった原因を探索して再発防止を計り、日・韓・米の和を乱す危険性を回避するための報道をする“心遣い”も“思遣り”も見えないが、所詮はイエロージャーナリズム赤新聞の類の“下心”や“思惑”に過ぎないのだろうと、私は観念した

 

因みに、産経新聞政治部記者の阿比留瑠比様は、『国を憂い、われとわが身を甘やかすの記』と題したブログを主宰しているが、以前国を憂うが如き是の様子を認識する『愛国心』の概念について質問したら「私は、この国が私が正しいと思う(というか私の美意識に近いというか)、そんな国になってほしいな、と思ってはいますが、mochizuki様のように、言葉の一つ一つを定義づけて考える習慣はありません。私の理想は、ふだんこれが理想だと具体的に描いているわけではありませんが、たとえば、この国に生まれ育った子供たちが自然に郷土と国家に愛着を持ち、目を輝かして生きることです。現在は、学校でひたすら『日本は悪い国であり、あなたたちのおじいさんたちはとんでもなくひどい人たちだった』とあることないこと教えられています。とても可哀想だと思います」(2006/09/06 13:10 阿比留瑠比さん発信)という回答を頂きましたが、新聞倫理綱領や記者指針または利用規約などの規定に違反しても懲罰が科されないと思しき組織に所属していれば、道・天・地・将・法の五事を知らず、吾と吾身を甘やかす心理経思考経の記者が育成され、アヒル心理経アヒル思考経に拠り情報化された不毛痴態に陥ると云う事は宜なるかなと、改めて私は観念した…。


20  『批判』と云う語は、物事に検討を加えて判定・評価するが如き是の様子または人の言動・仕事・業務などの誤りや欠点を指摘して正すべきであるとして論じるが如き是の様子もしくは認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすることが如き是の様子などと云う概念を、また、『建設的な批判』と云う語は、現状を最適化しようと積極的な態度での有益無害な批判が如き是の様子と云う概念を、さらに、『破壊的な批判』と云う語は、最適化の成立や進行を妨げようとする積極的または詭道的な態度での有害無益な批判が如き是の様子と云う概念を、其々認識するのに用いる。


また、『概念』と云う語は、或る物事や事物の概括的な意味・事情・内容が如き様子または個々に共通な特徴が抽象によって抽出される要素以外の特性は捨象されて構成される内包と外延をもち事物の本質をとらえて言語で表現される思考の形式が如き是の様子を認識するの説明・理解・説得・納得などに用いる。

 

尚、或る認識に関する説明・理解・説得・納得などに用いる言語の意義を定めて、情報の簡素化と信号雑音比の最適化を計ることが肝心であるが、一般的に、武士道に悖るが如きこの大衆通信媒体の記者を含む第三者的な“随意接触要因”のアヒル心理経アヒル思考経に拠る意見や報道は、理念・目的と方針・目標などに係わる概念が曖昧で信号雑音比が最低で不毛痴態を誘発する危険性が高いと、私は理解する。

 

また、アヒル心理経アヒル思考経に拠る、理念が明確でない目的や、目的が明確でない方針と、方針が明確でない目標などに基づく業務は、“価値付加業務”ではなく、単なる、業務のための業務批判のための批判報道のための情報、活動のための行動、議論のための意見、意見のための発言を誘発する因縁となり、不毛痴態に陥るの果報をもたらす危険性が高いと、私は推察する。

 

    因みに、『ユダヤ格言集』(M・トケイヤ-三著 実業の日本社)に「カリフラワーに住む虫は、カリフラワーが、全世界だと思っている」と云う言葉があり、衆生は、自己の生い立ちや教育、業務、経歴、年齢などから自由になれないが如く是の色の概念が定着し、他社を見るときは何時も色眼鏡を使ってしまい、年を重ねるに従ってますます自分のカリフラワーに安住してしまい柔軟な見方が出来なくなってしまうが、概念には地域毎に共通性が見られるだろうから、様々な色の概念が混ざり合うと、色眼鏡が黒くなり、有益な要素だけが見え、有害な苦素は見えなくなるのだろうと、私は推察する。


尤も、水辺のアヒル・水辺の菅・山辺の鳩・小沢の山女魚や人間など衆生の心理経思考経の根拠・本拠・依拠は共通点・類似点があるという道・天・地・将・法の五事を知らずに交渉の場において相手に対する破壊的な批判をすれば和が乱れて秩序が整わずに、交渉は決裂するのは因果の道理に照らして自明の理であり、交渉を成功に導くためには道・天・地・将・法の五事を自ら知る“心遣い”や相手に報せる“思遣り”を見せる勇気・度量と場を和ませる知性・知能・知力が必要だと、私は理解する。


21  『情報社会』と云う語は、情報が諸資源と同等の価値を有し、それらを中心として機能する社会の事や是の如き様子の社会と云う概念を、また、『情報化社会』と云う語は、物質や資本など財貨に代わって知識や情報価値が置かれ、情報の生産・収集・伝達・処理を中心として社会・経済が発展していく社会の事や是の如き様子の社会と云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、情報社会最適化するには、情報化能力の程度と情報解釈能力の程度が中庸の状態で中正な妥当性を維持することが肝心で、手始めとしては、日本国憲法の正義と秩序を基調とした信用保障と情報保障および生活保障や安全保障と危機管理を理念・目的として、無理ムリおよびムラ無駄ムダの極小化を方針とし、カタカナ語など概念が曖昧な語を多用した情報の排斥は必須の要素だが、然し、情報化能力情報解釈能力とを相対比較して一方に偏りすぎると、不要な物議を醸して、その世界は不毛痴態に陥る危険性が高いと、私は理解します。


例えば、東日本大震災からの復興に向けて某経済同友会が「居住地域は高台などの防災にすぐれた地域に集約し、高齢者にもやさしい、低炭素化にも配慮したコンパクトな『スマートシティ』を築くと云う第2次緊急アピールを発表したと云う情報を見て、カタカナ語を多用すると、いかにも“コンパクト”で“スマート”な“アピール”が如き是の様子に見えるかも知れない。


然し、『
コンパクトcompact小形で中身が充実していいて持ち運びが容易で経済的が如き是の様相』で『スマートsmart賢く利口で才気があり機知に富んで効果的で、抜け目がなく図々しくて生意気で小しゃくな如き是の様相または物事や事物の形状がすらりとして格好がよく、行動などがきびきびして洗練されていているが如き是の様相』の『シティーcity都市・都会・町または、銀行・保険・証券取引所などが集中し、国際金融・商業の中心であるが如き是の様相の特別行政区域』の構築を『アピールappeal特に見兼ねた状況にある人々を救助・支援すべく、公式に強い調子で人々や世論などに広く呼びかけて懇願するが如き是の様相しても、構築すべきは如何なる理念の社会なのかも是の如き様相の社会の正義と秩序を確立して維持するために如何なる方便を用いるのかなどのの概念が曖昧すぎるので現実に具象化には50%以上の確立で不毛痴態に陥る危険性があると、私は推察する。

 

因みに、古来“放浪の民”と云られたユダヤは、神とさえ交渉して契約(旧約聖書)をしたと云われる“交渉の民契約の民”でもあり、「小さな約束が守れない人間が大きな約束を守った例はなく、約束を守らない人間は土壇場で必ず裏切るから信用できない」というのが契約社会の普遍的な原則だから必然的に情報を大切にする情報社会が構築されたが、一方、アメリカ、日本、旧西ドイツ、イギリスなどの先進工業諸国は1970年代後半から1980年代にかけて、相次いで情報化社会規範移行またはパラダイムシフトしたと云われるのは、それ以前は物財の方が情報よりも偏重され、情報化か遅れていたていた証だと、私は理解する。

 

故に、情報情報社会の世論を形成する能力の要素は、情報真実味:尤度仕事能力当量および機根ならびに時勢や国柄、情報流布の先後であり、特に、仕事能力当量および機根は重要な要素であり、良くも悪くも規範移行またはパラダイムシフトを起す可能性があるから、所期の理想と想定の目的を達成するためには情報正確度変化容量エントロピーおよび当事者と関係者の機根白熱関数エンタルピー信号雑音比最適化が要求されると、私は理解する。

 

然し、精神力を集中的に駆使すれば物質的な諸事象を統御できるとする偏った精神主義または物質的な財貨を豊富に駆使すれば精神的な諸事象を統御できるとする偏った物質主義に由来する両極端の情報化社会や、情報が事実を変化させるというアヒル心理経・アヒル思考経に拠る情報化社会規範パラダイム不毛痴態に陥る危険性が高いと、私は推察する。

 

因みに、『ユダヤ5000年の知恵』(M・トケイヤ-三著 実業の日本社)に「軍隊が進んでいった。道の右側には氷が張り、左側は火の海だった。軍隊が右へ行けば凍え、左へ行けば焼けてしまう。真ん中だけが暑くもなく寒くもなく、ほどよい道であった」とあるが、これは中庸の道中道の倫理または『寒暑不二の原理』に通ずると、私は理解するが、世界中の“カリフラワー”を渉り歩いたと思しきユダヤ人も、イスラエルという“カリフラワー“に定住するためには、“仮令火の中氷の上”と観念して諦めたのだろうか…。

 

≪その5に続く≫

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『宇宙・生命・世界に関する諸法と実相に係わる用語の定義と解説-その3』

2011/05/23 11:48

 

人間は誰しも、現世と来世に被る幸福・利益・恩恵、即ち、『福利』の享受を願望するが、福利は前世および現世の業務で積み重ねた善行、即ち、『功徳』を因縁とする果報であり、さらに、功徳とは宇宙・生命・世界に関する諸法正義秩序を基調とする業務活動を因縁とする果報実相であることの前提となる宇宙・生命・世界に関する諸法実相に係わる信用保障と情報保障および生活保障や安全保障と危機管理は、必須の要素である。

 

今回も、生活保障や安全保障と危機管理の本拠・根拠である信用保障と情報保障に理解を深めて納得できる健全な体勢の構築に関与する事を目的として情報素因となる事柄についての用語を定義して解説する。

 

≪その2の続き≫


16  衝突防止能』または『疎通能』と云う語は、或る情報が受信者の心に浸透して正しく解釈されて素直に理解・説得・納得などの容易さを表す特性が如き是の概念を、また、『不毛痴態』と云う語は、何の進歩も成果も得られないような愚かな振る舞いや馬鹿げた態度が如き是の様子と云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、情報衝突防止能浸透能は、弘報広報および機根時勢国柄情報流布の先後などを要因とする特性の条件や重要性の違いに加えて、真実味尤度や、迅速性、明瞭性、簡便性、信頼性ならびに信号雑音比雑音指数などの統計的・経験的な特性を考慮に入れた加重平均的な特性値の関数として、議論の場や世間が不毛痴態陥るのを防止できる力として勘定するのが良いと、私は理解する。

 

因みに、所謂カタカナ語は、衝突防止能浸透能が優れているように見做されるが、然し、其れは、五陰盛苦から逃避したがる認識機能の産物である陰影の如き様相に過ぎず、現実には多大な弊害が生ずる危険性が高いので、不用意な使用は禁忌した方が良いと、私は理解する。


例えば、『バーチャルな世界virtual world』とは、空諦・仮諦・中諦が合体した三諦の循環工程に依り作り出されるが如き是の“事実上の世界”や“実質上の世界”と云う概念で認識されるべきであるが、然し、現実と掛け離れて責任権限が存在しない“名目上の世界”や“想像上の世界”などと云う概念で認識するのは誤解または曲解に過ぎず、羽目を外すと五陰盛苦が高じて “事実上の世界”や“実質上の世界”に多大な損害をもたらす危険性が高いと、私は推察する…。


また、『クリーンな政治clean politics』とは、三現主義に即応して無理ムリムラ無駄ムダを完全に又は巧みに若しくは上手に削減できる循環工程に依り作り出されるが如き是の政治と云う概念で認識されるべきであるが、然し、現場・現物・現実の
五陰盛苦から逃避したがる認識機能の産物である陰影の如き様で唱えるクリーンな政治”は、政局に臨んで行う政治活動に費やす政治資金の収支額を制限して、情報活動には費用を掛けずに弘報広報で発表される情報のみに依存し、応用や実利には及ばないで専ら理論を主とするが如き是の概念を認識する『純正』な論争に拠り想像されるだけで手垢はついていないが如き是の清浄な特性を持つ政治と云う概念で認識すると、五陰盛苦が高じて“事実上の政治”や“実質上の政治”は、不毛痴態に陥る危険性が高いと、私は理解する。

 

因みに、世界が不毛痴態陥ったと思しき第一次世界大戦の危機に際してSir Winston Leonard Spencer-Churchillの「これからの英雄は、安全で静かで、物憂い事務室にいて、書記官達に取り囲まれて座る。一方何千という兵士達が、電話一本で機械の力によって殺され、息の根を止められる。これから先に起こる戦争は、女性や、子供や、一般市民全体を殺すことになるだろう。やがてそれぞれの国には、大規模で、限界のない、一度発動されたら制御不可能となるような破壊のためのシステムを生み出すことになる」・「人類ははじめて自分たちを絶滅させることのできる道具を手に入れた。これこそが人類の栄光と苦労のすべてが最後の到達した運命である」という言葉が示すように、人類に悲惨な災禍をもたらす戦争は、最大の衝突防止能を保有するが、然し、人を欺くやり方・不正な手段の詭道だと、私は理解する。


尚、戦争は最大の衝突防止能を保有するという説は、孫子に「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道、察せざるべからざる也。故に之を経るに五事を以ってし、之を校ぶるに計を以ってして、而して其の情を索む。一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法也。道とは民をして上と意を同じくし之が死すも之が生きるも危きを畏れざる也。天とは陰陽・寒暑・時制也。地とは遠近・険易・広狭・死生也。将とは智・信・仁・勇・厳也。法とは曲制・官道・主用也。凡そ此の五者を将は聞かざることなきも、之を知る者は勝ち知らざる者は勝たず。故に之を校ぶるに計を以ってし而して其の情を索む。曰く、何れの主が有道か、何れの将が有能か、何れが天地を得たか、何れが法令を行うか、何れの兵衆が強いか、何れの士卒が練いたるか、何れが賞罰は明らかなるかと。吾此れを以って勝負を知る」と説いているが、端的に云えば、自然法の勝負と人定法の賞罰が公明正大であれば、人類に悲惨な災禍をもたらす戦争による表面的な衝突を防止し、交渉を通じて内面的な意思の疎通を良くすることが可能だと、私は推察する。


然し、人類に悲惨な災禍をもたらす戦争は人を欺くやり方・不正な手段の詭道だという説は、孫子に「兵者は詭道也。故に能なる而れども之に不能を示し、用なる而れども之に不用を示し、近い而れども之に遠きを示し、遠い而れども之に近きを示し、利は而るに之を誘い、乱は而るに之を取り、実は而るに之に備え、強は而るに之を避け、怒は而るに之を撓し、卑は而るに之を驕らせ、佚は而るに之を労し、親は而るに之を離す。其の無備を攻め、其の不意に出ず。此れ兵家の勢、先には伝うべからざるなり」と説かれているように、古来明確な規範レジームであるという事柄は、1945年(昭和20年)に大日本帝国が大東亜太平洋戦争で形無しの敗戦を喫したという事実に依り実証されたと、私は理解する。

因みに、1945年(昭和20年)に大日本帝国が大東亜太平洋戦争で形無しの敗戦を喫したという事実は、1868年の明治維新に由る富国強兵策の延長として、1931年(昭和6年)の満州事変以降に大日本帝国の大本営が、一羽が「ヨコちゃんだ」と鳴けば、百羽が寄って集って「アヒルだガ~ガ~」と気勢を上げるが如き是のアヒル心理経アヒル思考経に拠り、事実よりも情報が優先される社会が如き是の情報化社会を構築して「日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念」に基づいて執行した国策が、国際社会の規範レジームを大幅に逸脱した事柄を因縁として自然法の勝負に敗れ、人定法の賞罰についての罰が科されたのは揺るがし難い事実だと、私は理解して納得する。

然し、日本国憲法に掲げた崇高な理念と目的の達成を主権者が請願した安国の陪従であるべき内閣総理大臣に2006年9月に就任しながら、道・天・地・将・法の五事を知らずに大本営発表のアヒル心理経アヒル思考経に回帰したと思しき安部晋三さんは、日本にはいわゆる“A級戦犯”や“従軍慰安婦問題”は存在しないが如き是の心像を情報化して戦後の規範戦後レジームの変更を主張し、産経新聞政治部記者の阿比留瑠比様や産経新聞産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様などの強い賛同を得たが、渡米した安陪晋三さんは、2007年4月27日には海外の大衆通通信媒体の報道記者などが取材に答えて「彼女らは非常な苦痛の状況に置かれる事を本当に残念ながら強制されたと私は感じます。当時の然様が環境下で慰安婦としての苦労と痛みをこれらの女性に強制したことに対して、我々は責任があると感じます」という趣旨の表明を出し、同日の日米首脳会談でブッシュ大統領にたいして「人間として、首相として、心から同情している。申し訳ない思いだ」と謝罪したと云うから、いわゆる、戦後の規範戦後レジームアヒル心理経アヒル思考経に変更しようとしたと思しき計略は失敗したと、私は判断する。

 

故に、戦争は詭道であり、道・天・地・将・法の五者を知るべしと云う戦争に関係する古来の規範レジームは、観念的・科学的に具体化・厳密化の指向は容認しても、根本的な心理経思考経使命として変更してはならないと、私は理解する。

 

さらに、Sir Winston Leonard Spencer-Churchillの政治は戦争と同じくらいエキサイティングで危険である。戦争では君を一度しか殺せないが、政治では君を何度も殺す事ができる」という言葉に拠ると、衝突防止能疎通能が優れていると思しき政治家には政治生命を失うような出来事に巻き込まれる不運がつきまとが、然し、「お金を失う事は小さく失う事だ。名誉を失う事は大きく失う事だ。然し、勇気を失うことは全てを失うことだ」という言葉に拠ると、勇気と知恵と信頼がある政治家は、不運な障害や妨害を克服して何度でも政治生命を復活させることができると、私は推察して期待する。


また、摩訶止観第五巻に「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る 乃至随う可らず畏る可らず 之に随えば将に人をして悪道に向かわしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ」等云々というに文言を、日蓮聖人が「此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず」等云々と訳した訓戒からも、正道を実践する政治にはアヒル心理経アヒル思考経を尊重する人々が紛然と群がり、戦争よりも白熱的で危険な業務であると、私は推察する。


然し、国会は、国政に関係する特定の事実道理と対照して理非曲直の区別を明らかに弁識・理解し、是非曲直の区別を明確に弁別・判別して主権者の代表としての意思を決定するために白熱する場所なのに、未曾有の規模の東日本太平洋沖大震災に遭遇した不幸・困難の最中に、国会などでの論戦によらずに為されるべき政党内や政党間の勢力争いが如き是の様相の政局を国会に持ち込んだ不毛痴態の競争をしているのが日本の国会の事実思しき情報を記事にした某大衆通信媒体の報道に接するにつけ、アヒル心理経:アヒル思考経に基づく情報白熱する社会には、アヒル心理経:アヒル思考経に値する政治しか存在し得ないと、私は推察する。


産経新聞社の「記事が客観的な事実なのか、あるいは記者個人の意見または推論・批評・期待なのか明確に読者に分からせる書き方をするよう心掛けねばならない。事実に基づかない記事や裏付けを欠く記事は、いかに客観性を装っても露見するものであり、それは産経新聞社にとって読者の信頼を損ねる自殺的行為となる。見出しについても同様である」と云う記者指針の条項は、報道関係の正道であり、正道であるが故にアヒル心理経アヒル思考経に拠る不毛痴態に対する人定法に依る賞罰を明確に実施しないと、何れ自然法に依る勝負が決する時期が到来すると、私は推察する。


然るに、日本の国政は、森嘉郎内閣、小泉純一郎内閣、阿部晋三内閣、福田康夫内閣、麻生太郎内閣などと衝突防止能疎通能が低劣な政策を実行した自民党政権が続き、平成19年の総選挙で小沢一郎政権の誕生が期待されたが政界・官界・報道界の機根が整わずに、平成19年8月の総選挙で民主党が政権を獲得したものの誕生した鳩山由紀夫内閣は機根時勢ともに条件が整わずに政策の衝突防止能疎通能が低下して平成20年6月に内閣総辞職をし、“クリーンな政治”を唱えて誕生した後継の菅直人内閣も、平成20年7月の参議院議員通常選挙で、政権公約に関する情報流布の先後を間違えたと思しき政策の発表などに由り民主党の獲得議席は、選挙前を10議席減らした結果参議院での過半数を失い、衆議員と参議員が捩れた状態になり、機根時勢・国柄ともに条件が整わずに政策の衝突防止能疎通能がさらに低下した状況下で、平成21年3月11日に未曾有の規模の東日本太平洋沖大震災に遭遇しも、アヒル心理経・アヒル思考経に拠る不毛痴態で白熱した状態が続いていると、私は政界を観念する。

 

故に、未曾有の規模の東日本太平洋沖大震災に遭遇した不幸・困難の中に、日本国憲法正義秩序を基調とする信用保障と情報保障および生活保障や安全保障と危機管理を方針とする情報社会を回復・確立する幸運・好機を見出すのが、主権者たる一人一人の日本国民の責任権限だと、私は理解する。


17  『真実味』または『尤度(ゆうど)』と云う語は、嘘偽りのないという感じが如き其の様子または、本当らしさや尤も(もっとも)な程度が如き其の様子などと云う概念を、また、『精力エネルギー』と云う語は、或る事物や物事が精神的・物理的な仕事をすることのできる気力・活力・能力が如き其の様子と云う概念を、さらに、『実効係数加重係数Q)』という語は、当該の事物や物事を構成する要素の源泉的な特性条件の違いなどにより現実に加えられる効力や効果の重さを配慮した係数が如き其の様子と云う概念を、また、その平均値が如き其の様子と云う概念を、仕事能力当量EQM)』という語は、当該の事物や物事に曝された当事者や関係者が被る利害を一定の基準値に換算した相当量が如き其の様子と云う概念を、其々認識、表現するのに用いる

 

尚、物質的な事物が対象の主体となる場合、真実味尤度観察結果から仮説の確率的有義水準を統計的に検定するのは実用的な方便であり、また、仕事能力当量EQM)は、或る事物を1N(ニュートン)の力で1m(メートル)移動させた仕事を1J(ジュール;Nm)と定義し、熱の仕事当量は為された仕事を全部熱に転換するときのその仕事と発生した熱量との比とし、1cal(カロリー)の熱量は4.19J(ジュール)の仕事量に相当し、また、1W(ワット)の電力は、1J/s(毎秒ジュール)の仕事率に相当し、さらに、1eV(電子ボルト;electron-volt)は1.60217733×10-19J(ジュール)に相当すると、私は理解する。

 

また、情報などの精神的な物事が対象の主体となる場合、情報源や通信媒体の種類などにより情報の内容と事情の真実味尤度を含む仕事能力当量EQM-100~+100)』は、九何の原則に沿って情報を構成する各要素の白熱関数エンタルピーE-1~+1)に実効係数加重係数Q=1~100)の乗じた値とし、また、情報全体の仕事能力当量は、要素の仕事能力当量の加重平均的な値に拠り評価するのが良いと、私は提案する。


さらに、情報
実効係数加重係数Q)は、情報源と通信媒体の権限の影響範囲や受信者の数に関する系統的な規模と責任能力や信用度および衝突防止能などに拠り1~100に層別した指標とするが、Sir Winston Leonard Spencer-Churchillが指摘するように政治と戦争に関する事柄は必然的に白熱化するので、実効係数加重係数Q)を高く設定することを、私は提案する。


18  
正確度P)』と云う語は、事物や物事についての勘定や情報の内容と事情に合致する事実が現実に存在する蓋然的な確率が如き其の様子と云う概念を、また、『変化容量S』または『エントロピーentropyS』と云う語は、系に含まれる事物や物事の保有する値が高くなるほど乱雑さが増して系の秩序が乱れる程度と云う概念を、さらに、『白熱関数E)』または『エンタルピーenthalpyE)』と云う語は、事物や事物が一定条件の下で変化した場合に、其れ自体が保有する精力エネルギーと其れが外部に与える仕事との和が如き其の様子と云う概念を、其々認識するのに用る。

 

一般的に、品質工学の正確度P)は、或る事物の許容範囲の最大値または最小値と中心値の差の値(AU;AL)を、現実の特性を観察した標準偏差の3倍の値(3σ)で其々除した工程能力指数(cPk)が1であれば、正確度P)は0.9987(適合率99.87%)と検定され、熱力学では、等温可逆的な変化の前提の下に或る物質系が熱量を吸収したときは吸収熱量を温度で割った値に等しい変化容量エントロピーS)の変化が起り、熱的に外部から孤立した系の内部での変化は、常に変化容量エントロピーS)が増す方向に起こると云う概念は第二法則として確立されており、また、物質または場の内部に存在する精力量エネルギー量を一定圧力の下で是が変化した場合に外部に与える仕事との和を勘定した白熱関数エンタルピーE)は、定圧下で是の物質または場に出入りする精力量エネルギー量に等しが如くに変化すると云う概念は第一法則として確立されていると、私は理解する。

 

情報熱力学では、正確度P)および、変化容量エンタルピーS)白熱関数エンタルピーE)は、次に示す式の概念を適用して勘定することを、私は提案する:
  正確度 ------- :P=0~1
  変化容量エンタルピーS=-log2 P
  白熱関数エントロピーE=1-P・S (S≦1の場合)
               E=-1-P・S(S>1の場合)

 

尚、情報は、白熱関数エントロピーE)と精力エネルギーおよび仕事能力当量EQM)が大切であるが、変化容量エンタルピーS1、即ち、正確度P<0.5の状態では、真実味尤度が低い物議を醸して社会の秩序が乱れ、不毛痴態の危険性が高いと、私は理解する。


尤も、災難や危機に遭遇した際の緊急情報は、白熱関数エントロピーE)と精力エネルギーおよび仕事能力当量EQM)と共に迅速性が重要であるから、九何の原則に沿って、場当たり的に現場・現実の取材や調査をした情報の分析と判断や建設的な批判を積み重ねた現実に対応して済し崩し的に『lim[P]→1』・『lim[S]→0』・『lim[E]→1』を志向し、『lim[Q]→100』・『lim[EQM]→100』の状態にして、正確性・簡潔性・明朗性・影響性・利害性・迅速性の最適化を計り、真実味尤度が高い対策を実行するのが必然的な要求事項だと、私は理解する。

 

因みに、Sir Winston Leonard Spencer-Churchillは、「我々は、たとえその社会的地位がどんなに低くとも、後世に何らかの影響を与えることを考慮して生きなければならない」という訓戒や、あらゆる政治体制に民主制が打ち勝ってきたことを挙げて「実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが」という訓戒を残している。


故に、世間の変化容量エントロピーS)を高めて秩序を乱すだけで、他人の心意と疎通する白熱関数エンタルピーE)が零のような情報ばかりを発信しても、宗教・良心・言論・表現・報道の自由は法律の範囲内で許容される随意の行為として保障するのはやぶさかではではないが、然し、一羽が「ヨコちゃんだ」と鳴けば、百羽が寄って集って「アヒルだガ~ガ~」と気勢を上げるが如き是のアヒル心理経アヒル思考経に拠り最悪の不毛痴態に陥っていると思しき日本の政治家や官僚および大衆通信媒体の記者の方々は、民主政冶の健全な発展のために、後世に何らかの善い影響を与えることを考慮して活動していただきたいと、私は請願します。

 

また、Sir Winston Leonard Spencer-Churchillは「悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす」・「成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返す事である」・「成功は決定的ではなく、失敗は致命的ではない。大切なのは勇気を持ち続ける事だ」・「過去を遠くまで振り返る事ができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう」・「絶対に屈服してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に…」などの言葉も残している。

この言葉は、[悲観主義者はすべての幸運の中に不幸を見つけるが、楽観主義者はすべての不幸の中に幸運を見出す]・「幸福とは、意欲を失わずに不運に次ぐ不運を繰り返し受け入れる事である」・「幸福は決定的ではなく、不幸は致命的ではない。大切なのは希望を持ち続ける事だ」・「過去を遠くまで振り返る事ができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう」・「絶対に失望してはならない。絶対に、絶対に、絶対に、絶対に…」などと換言できると、私は確信する…。

 

≪その4に続く≫

カテゴリ: 政治も  > 外交    フォルダ: 安全保障と危機管理

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『宇宙・生命・世界に関する諸法と実相に係わる用語の定義と解説-その2』 改1

2011/05/22 08:41

 

人間は誰しも、現世と来世に被る幸福・利益・恩恵、即ち、『福利』の享受を願望するが、福利は前世および現世の業務で積み重ねた善行、即ち、『功徳』を因縁とする果報であり、さらに、功徳とは宇宙・生命・世界に関する諸法正義秩序を基調とする業務を因縁とする果報実相である。

 

今回は、生活保障や安全保障と危機管理の本拠・根拠である信用保障と情報保障に理解を深めて納得できる健全な体勢の構築に関与する事を目的として情報素因となる事柄についての用語を定義して解説する。

 

≪その1の続き≫

 

11  事実と云う語は、実際に起こった事柄や現実に存在する事柄または論理的必然性をもたず、他のあり方にもなりうる事柄を含み、或る時、或る所に経験的所与として見出される存在または出来事が如き様子と云う概念を、また、情報と云う語は、或る物事・事物の内容や事情についての報せが如き是の様子または、文字・数字などの記号や言葉・身振りなどの表象の媒体によって伝達されて受け手に状況に対する知識や適切な判断を生じさせる報せが如き是の様子もしくは、生体系が働くための指令や信号が如き是の様子などと云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

またさらに、、三現主義』と云う語は、問題を机上で判断するのではなく、現場・現物・現実の三つの現を重視して、不具合の起きた現場で現物を観て現実に在るが如き是の状態を確認することで解決を図る態度と云う概念を、また、九何の原則』と云う語は、何時、何所で、何者が、何者と共に、何者に対して、如何ほどの、何事を、何故に、如何ように為すかの九種類の事柄を情報の要素とし、特別な事情が無い限り、全要素についての取材・調査を通して、順次、場当り済し崩し方便で適宜な事実内容を充当し、時宜を得て事実の実現性の検証と妥当性の確認をし、過ちは憚らずに修正する原則と云う概念を其々認識するのに用いる

さらに、場当り』と云う語は、是の場の状態合わせた機転で成果を得るが如き是の様子と云う概念を、また、『済し崩し』と云う語は、所定の物事・事物を少しずつ片付けていくが如き是の様子または所定の物事を徐々に行うが如き是の様子と云う概念を認識するのに用いる。

 

尚、大凡の人々は、或る物事他事物の在るべき様相についての根本の考えまたは純粋な理性に依り立てられ超経験的な最高の理想的・概括的な意味や内容が如き是の概念を認識する『理念』に基づいて活動するので、世間を渡るときに彼我の意見の内容を知り理解する上で、其々が複雑多様な現象の中から本質的な特徴を抽出した事柄を論理的に組み合わせた理論的な形式が如き是の概念を認識する『理念型式』を知ることが大切であると、私は理解する。


また、人間の論理的な態度は、或る行為が如何なる果報をもたらすかを予見し、適切な手段の有効度を考量した上で行為の因縁や成り行き及び果報について神・運命・社会・他人などの他に転嫁することなく自己が負う責任を果たすことを目的として然るべき知性と勘定を依拠として組み立てた思考や判断または論説の道筋が如き是の様相と云う概念を認識する『責任論理』と、きちんと筋道を立てて考えたように見せ掛けながら、実際は自分に都合のよい物事や事物の間にある法則的な連関だけに着目して自己弁護や相手の説得を目的とする感情を依拠として強引に組み立てた思考や判断または論説の道筋が如き是の様相と云う概念を認識する『心情論理』の二種類の理念型式に分化できると、私は認識する。


さらに、責任論理に依り認識された事実は、一つの事柄から他の事柄へ押し広めて述べるが如き是の方法または所与の命題から論理的形式に頼って推論を重ねて結論を導き出すが如き是の方法や一般的な理論に依って特殊な物事や事物を推論して説明するすが如き是の方法と云う概念を認識する『演繹法(えんえきほう)』またが、個々の具体的な事例から一般に通用するような原理・法則などを導き出すが如き是の方法と云う概念を認識する『帰納法(きのうほう)』の何れかの方便を用いて実現性の確認や妥当性の確認が可能であるが、心情論理に依り認識された事実の実現性の検証や妥当性の確認は、演繹法や帰納法では不可能であるから、時宜を得て相関分析や特性要因分析や回帰分析など適宜な統計的手法を用いる必要があると、私は理解する。

 

因みに、「知らぬは亭主ばかりなり」と云う諺の通り、「或る事実が起きていても、それについての情報を知るまでは、その事実が無かったときと同じ状態である-これが情報である」と、私は理解する。

 

また、「一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ、一人虚を伝うれば万人実を伝う」と云う諺の通り、「或る事実が起きていなくても、その虚実についての情報を知れば、その虚実が実際におきたときと同じ状態の物議を醸して気勢が上る-これも情報である」と、私は理解する。


12  
政治』と云う語は、或る社会の対立や利害を調整して社会全体を統合すると共に社会の意思を決定して其れらを実現する作用が如き是の様相および政権の獲得と維持をめぐる争いが如き是の様相ならびに政権の行使に関係する現象が如き是の様相などと云う概念を、また、『政権』という語は、政治の品質運営体系の政策を実行し、統治機構を動かす権力が如き是の概念を、さらに、『政治的能力』と云う語は、政治に関する事柄に係わり理屈の上だけでなく三現主義に即して判断するが如き是の様相や相手との交渉に於いて駆け引きが巧みに為されるが如き是の様相および政治に関する事柄に係わり要求される資格や責任と権限や行為が如き是の様相などの定量的な特性についての概念を、其々認識するのに用いる。

 

また、『日本国家政治の品質運営体系』という語は、日本国が日本国憲法の前文に掲げ、国家の名誉を懸けて全力をあげて達成を誓願した崇高な理想と目的に即して政治に関する品質に係わる方針と目標を定めて其れを実現する上で相互に関連する又は相互に作用する要素の集合体が如き是の概念を、また、『政治パフォーマンス』という語は、特定の政治組織や政治団体またた政治家など関する政治的能力の性能・機能・効率・演出などが如き是の特性と云う概念を、また、『政局』という語は、国会などでの論戦によらずに為される政党内や政党間の勢力争いが如き是の様相を呈したある時勢に於ける政治の動向の局面と云う概念を、其々認識するのに用いる。


因みに、我欲は人間誰もが保有している煩悩に起因するから平時に於ける政治に関する品質に係わる方針と目標は、其々の立場に応じて対立・矛盾・依存などが在るから、各政治組織や政治団体または政治家など時宜を得た政治パフォーマンスを適宜な方便で披露するのは必然的な事象だが、然し、国家規模の災難に遭遇して“呉越同舟”の状況下では日本国家政治の品質運営体系に基づく循環工程の操業に必要な政治パフォーマンスを“異体同心”で発揮する事を優先事項とするのは、日本国民としての責任・義務だと、私は理解する。


尤も、日頃から政治パフォーマンスを軽蔑する国民には、非常時に於いても軽蔑に値する政治パフォーマンスしか持てないと云う、因果応報の原則に基づく理論の実現性は、平成23年2011年)3月11日に遭遇した東日本太平洋沖大震災に関する政権の与野党を問わず日本国の政治家および官僚や大衆通信媒体の記者の方々などが示した実相から検証できると、私は推察する。


13  交渉』と云う語は、他と交わって渉ると云う概念を字義とし、特定の問題について、相手と話し合うが如き是の様子と云う概念や相手に掛け合うが如き是の様子と云う概念を、また、人と交際や接触によって生じる関係が如き是の様子と云う概念や人と係わり合うが如き是の様子と云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、其々の命を本拠とする各衆生の正体が、同じ宇宙・世界を依処として価値付加生産工程の操業中に互の利害が対立して紛争が生起した場合に相手と交わって世間を渉る上で、事実を詳らかに観念して時宜を得て出処進退を適宜に諦めるときに、当該問題に関する因果の道理を分析するためには、教法機根時勢国柄教法流布の先後などの事柄に係わる彼我の特性の相違を勘定に入れ、政治・社会運動などを行う上での長期的な計略と云う概念を認識する『戦略』と、所定の目的を達成するための具体的な方法・手段云う概念を認識する『戦術』には、工夫を配慮した方針と目標に基づいて設立した循環工程を感情よりも勘定を優先して操業するのが、古今東西を通じて学んだ人間の知恵だと、私は理解する。


また、交渉などに関する戦略戦術は、常人の知覚や認識を超えた奇抜な計略または相手の油断や不意をついて思い掛けない方法で襲撃するが如き是の概念を認識する『(奇襲法の省略形)』と、或る物事を為す工程について昔から研究されてきて最上・最善と定められた方法・手順などを用い、奇計や奇策を用いずに、正々堂々と攻撃するが如き是の概念を認識する『(正攻法の省略形)』とに区別され、は、実現性が検証され且つ妥当性が確認された時点での範疇に規範移行レジームシフトされると、私は理解する。

 

因みに、孫子には「彼を知りて己を知れば、百戦して殆うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず殆うし」とか、「凡そ戦いは、を以って合しを以って勝つ。故に善く奇を出だす者は窮まり無きは天地の如く、竭きざるは江河の如し。終わりて復始まるは日月是也、死して復生ずるは四時是也。声は五に過ぎざるも五声の変は勝げて聴くべからざる也、色は五に過ぎざるも五色の変は勝げて観るべからざる也、味は五に過ぎざるも五味の変は勝げて嘗むべからざる也、戦勢は奇正に過ぎざるも奇正の変は勝げて窮むべからざる也。奇正の相生ずるは循環の端無きが如し、孰れか能く之を窮めんや」と説いてある。


一方、『ユダヤ式交渉術』(矢部正秋さん著 三笠書房)で『ユダヤ処世術』として「真理は道に落ちている石のようにありふれたもので、誰でも拾うことが出来るが、身をかがめることができない人々には拾えない」と云う趣旨の会話と、『ユダヤの格言集』から「人間には口が一つなのに耳は二つあるのは何故だろうか。それは自分が話す倍だけ他人の話を聞かなければならないからだ」や「ある男がユダヤ人に尋ねた。『ユダヤ人はどうしてそんなによく質問するのだ』 ユダヤ人は答えた。『どうして質問してはいけないのだ』」と云う格言および、「一回道に迷うより、十回道順を聞いた方が良い」と云う格言を読み、一回不毛痴態に陥り邪道に堕ちて災害を被るよりも、罵詈雑言や誹謗中傷を浴びる恥辱を堪え忍んで、相互に納得するまで交渉する方が良いと、私は理解する。

 

然し、現実には、交渉相手機根または時勢国柄などを知らない又は知っていても、是を尊重して己の過誤や間違いまたは非を認めるが如き様子を卑屈に感じて五陰盛苦を煩うと思しき規範レジーム情報化社会では、一羽が陰影に怯えて“ヨコちゃんだ”と鳴けば、声に鳴いて連鎖反応を生起させる百羽の“無作為接触要員”が“アヒルだガァ~ガァ~”と気勢を上げ、精神的および物理的な方便を用いて相手の心身を攻撃し、制圧する手段を観念して諦めるが如き是の様子を露呈する“乱暴阿呆間抜け”な集団が少なからず存在すると思しき日本の世相を観察するにつけ、不肖私は、実に遺憾に存知ます。


尤も、『依正不二の原則』と『善悪不二の原則』が成立している状況下で、美欠・利害・善悪の価値観が対立している敵方と味方に分かれた真剣な交渉ならば、生半可な方人(かとうど;味方・仲間)よりも強敵の方が、人を成長させてくれると、私は理解する。


14  
弘報広報』と云う語は、官公庁や企業または各種の団体や個人などが、特定の事実に関する内容と事情を広く世間の人々に知らせるために用いる段階的な方便と云う概念を、また、『情報流布の先後』と云う語は、当事者や関係者に対して先に流布した情報と後から伝達する情報の相違と云う概念を、さらに、教法』と云う語は、道理原理原則に関する事実の内容と事情に係わる諸法の教えを授受する方便として用いる方法と云う概念を、『教法流布の先後』と云う語は、当事者や関係者に対して先に流布する教法と後から流布する教法の相違と云う概念を、其々認識するのに用いる。


さらに、
機根』と云う語は、弘報広報に基づく知らせ又は教法に基づく教えの段階的な内容と事情を授受して情意・行為を発動する能力・資質と云う概念を、また、『時勢』と云う語は、弘報広報に拠る知らせ又は教法に基づく教えの段階的な内容と事情に関する時代の趨勢に係わる時期・時節と云う概念を、また、『国柄』と云う語は、弘報広報に拠る知らせ又は教法に基づく教えの段階的な内容と事情に関して当該の国や地方および社会に係わる環境条件や風習など特有の持ち味の状態と云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、或る事実に関する曲解・誤解・難解や煩雑な心理経思考経排斥して日本国憲法正義秩序を基調とする日本国家政治の品質運営体系を普遍化するためには、弘報広報および機根時勢国柄情報流布の先後ならびに、信号雑音比雑音指数および情報の衝突防止能疎通能最適化などに工夫を配慮した方便を用いる必要があると、私は理解するが、然し、不適切な方便を用いると却って騒音や雑音が蔓延り、不毛痴態に堕ちて“風評加害”や“風評被害”などの災難が生起する危険性が高いと、私は推察する。


また、或る道理原理原則に関する邪道外道非道悪道極道;獄道を排斥して、正道善道聖道を普遍化するためには、教法および機根時勢国柄ならびに教法流布の先後などに工夫を配慮した方便を用いる必要があると、私は理解すすつが、然し、不適切な方便を用いると却って邪道外道非道がは蔓延り、悪道極道;獄道に堕ちて災難が生起する危険性が高いと、私は推察する。


15  『心理経』と云う語は、心の働きや有様の込み入った事情が如き是の概念を、『思考経』と云う語は、感覚や表象の内容を概念化し、判断し、推理する心の働きや機能の込み入った事情が如き是の概念を、さらに、『信号』と云う語は、心理経思考経を相互に伝達するために色彩・光束・煙・電子・音声・臭気・凹凸・身振り・手振りなどを利用して文字化・記号化・符号化した物事や事物と云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、人間の心理経思考経について、「心は誰にも見えないけれど“心遣い”や“下心”は見える」また「思いは見えないけれど“思いやり”や“思惑”は誰にでも見える」と云う理論を前提として、『信号成分』という語は、或る情報を構成する物事や心理経思考経の“心遣い”・“下心”・“思いやり”・“思惑”を理解するのに必要な最小限の文字・記号・符号などの数量と云う特性の概念を、また、『雑音成分』という語は、或る情報を構成するを認識全ての文字・記号・符号などの合計数量から信号成分を差し引いた残りの数量と云う特性の概念を、其々認識するのに用いる。

また、『信号雑音比S/N)』と云う語は、或る一つの情報を構成する信号成分と雑音成分との比率が如き是の様子と云う特性の概念を、また、『雑音指数NF)』と云う語は、或る一つの情報の中継点に於ける入力側の信号雑音比S/N)と出力側の信号雑音比S/N)との比率が如き是の様子と云う特性の概念を、其々認識するのに用いる。

 

因みに、日本語の一般的な会話における冗長度は約42%と云う研究結果があるそうだが、これは、信号雑音比S/N≒58/42=29/21)に相当し、誤解・曲解・難解を避ける話上手ほど、冗句を多用する傾向があると、私は理解する…。


例えば、心理経が“送金してもらいたいとの依頼心”を発信した「カネオクレタノム」と云う8つの発音のうち信号成分は「カネオクレ」の5個とすれば、「タノム」の3個が雑音成分となり、信号雑音比S/N=5/3)だが、それをの文章で解説して中継する媒体が「金送れ頼む」と5文字な変換すれば、雑音指数NF=5/3:3/2=9/10)となり、情報の発信者と受信者の間で穏やかな意思の疎通が可能だと、私は理解量する。


然し、中継媒体が「金を呉れた飲む」と7文字にすれば雑音指数NF=5/3:1/6=3/30)に、また、「金遅れた飲む」と6文字にすれば雑音指数NF=5/3:1/5=3/25)となり、情報の発信者と受信者の間で意思の疎通を欠き、受信者は九何の原則に沿って場当り済し崩し方便情報の収集をして発信者の心理経を確認するまでは、思考経秩序が乱れて不安な状態が続くと、私は推察する。

 

故に、一羽が「ヨコちゃんだ」と鳴けば、百羽が寄って集って「アヒルだガ~ガ~」と気勢を上げるが如き是の心理経思考経の様子と云う特性の概念を『アヒル心理経』または『アヒル思考経』という語を用いて其々認識すれば、アヒル心理経アヒル思考経の集団が跳梁跋扈した大衆通信媒体などが扱う情報は『信号雑音比S/N)』が不適正になると共に『雑音指数NF)』が最低となり、情報化社会における五陰盛苦が高じる事を因縁とする“風評加害・風評被害”の増加と云う果報をもたらす危険性が高いと、私は推察する。


因みに産経新聞社の「記事が客観的な事実なのか、あるいは記者個人の意見または推論・批評・期待なのか明確に読者に分からせる書き方をするよう心掛けねばならない。事実に基づかない記事や裏付けを欠く記事は、いかに客観性を装っても露見するものであり、それは産経新聞社にとって読者の信頼を損ねる自殺的行為となる。見出しについても同様である」と云う記者指針の条項は正道であり、正道であるが故に人定法の賞罰を明確に実施しないと、自然法による勝負が決する時期は近いと、私は推察する。 

 

≪その3に続く≫

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『宇宙・生命・世界に関する諸法と実相に係わる用語の定義と解説-その1』改1

2011/05/15 11:53

 

 人間が誰しも、現世と来世に被る幸福・利益・恩恵、即ち、『福利』の享受を願望するが、福利は前世および現世の業務で積み重ねた善行、即ち、『功徳』を因縁とする果報であり、さらに、功徳とは宇宙・生命・世界に関する諸法正義秩序を基調とする業務活動を因縁とする果報実相であることの前提となる宇宙・生命・世界に関する諸法実相に係わる理解を深めて納得できる信用保障と情報保障および生活保障や安全保障と危機管理の健全な体勢の構築に関与する事を目的とした用語を定義して解説する。

 

1  宇宙』と云う語は、宗教的には、存在するあらゆる物事・事物を包容する無限の空間と時間の広がりと云う概念を、また、哲学的には、秩序ある統一体と考えられる世界と云う概念を、さらに、物理学的には、存在し得る限りのすべての物質および放射を含む空間と云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

2  生命』と云う語は、或る生物が、生物であり続けるための根源もしくは或る方面で活躍し続ける事ができる根源または、正味の人や物事・事物が成立する根本的な根拠・本拠となる特性や、是の特性が欠如すると正味の価値がなくなる物事・事物などと云う概念を認識するのに用いる。

 

  『世界』と云う語は、時間的・空間的な流れに沿った宇宙または生命の一区切りと云う概念を認識するのに用い、また、『三際』と云う語は、物事や事物の内容や事情が、過去から現在を経て未来に遷移する境目と云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、三際を合わせて一つの世界として観念する場合と、前世:過去世と現世:現代世および来世:未来世を其々分割して観念する場合がある。

 

  物質』または『』と云う語は、空間の一部を占め、有限の質量を持ち、物体を形づくる素粒子の集まりと云う概念を認識するのに用いる。

 

尚、相対性理論ではエネルギーの一形態として、また、量子論では場として物質を認識し、さらに、仏教では、事物・物事の存在を構成する一要素であり、物質的身体的な作用としての色蘊(しきうん)として物質を認識する。

 

また、精神的な物事より物質的な事物を第一義とし、世界を支配するのは、精神的な物事ではなく、物質的な事物であるとする考え方と云う概念を『物質主義』と称す。

 

  精神』または『』と云う語は、人間を含む生命一般の原理と見做された霊魂または物事を成し遂げようとする心の働きもしくは物事の基本的な意義・理念と云う概念を認識するのに用いる。

 

尚、仏教では、事物・物事の存在を構成する要素である五蘊(ごうん)または五陰(ごいん)のうち、感覚作用としての受蘊(じゅうん)、表象作用としての想蘊(そううん)、意志・欲求などの心理作用としての行蘊(ぎょういん)、対象を識別する作用としての識蘊(しきうん)として精神を認識する。


また、物質的な事物よりも精神的な物事に優位性を認める立場または、精神力を集中的に駆使すれば物質的な諸事象を統御できるとする考え方と云う概念を『精神主義』と称す。

 

  価値』と云う語は、物事や事物の特性要因素因がどのくらい役に立つかの度合い・値打ち又は、物事や事物が持つ交換価値の本質とされ、あらゆる個人・社会を通じて常に承認されるべき絶対性をもった特性と云う概念を認識するのに用いる。

 

尚、物事・事物を評価する際、何にどういう価値を認めるかを判断する基準を『価値観』と称し、或る物事や事物の価値精神的価値物質的価値に区分した場合、色心不二の原理に随って最適化する中庸の価値観の支点は、精神的価値の側にあると、私は判断する。

 

また、一般的に、美欠と利害や善悪が価値観の要素となるが、人間は自分の生い立ちや教育、職業、経歴、年齢などから自由になれず、他人をみるときは何時も色眼鏡を使ってしまい、年を重ねるに従ってますます自分のタコツボに安住してしまい柔軟な見方が出来なくなってしまうから価値観には地域毎に共通性が見られ、美欠は感情的・個人的な価値観であり、また、利害は勘定的・個人的な価値観であり、さらに、善悪は美欠と利害を含む勘定的・公共的な価値観であり、美欠利害および善悪の間の関係には『美理善不三の原理美欠利害および善悪三而して不三亦不三而して三の原理の略語)』が成立し、中庸の支点は正三角形の重心位置が妥当だと、私は推察して理解する。

 

さらに、人間が生命活動をする上での欲望を満たすのに役立つ物事・事物を『』と総称し、存在量がきわめて豊富で希少性をもたない空気と霞みや海水などのように売買の対象とならない『自由財』と、欲望に比して希少性をもち、その獲得になんらかの努力を必要とする物事と事物や用役など売買の対象となる『経済財』に区分する。

 

因みに、真偽を価値観の一つとする説もあるが、物事や事物がどのくらい役に立つかの度合い・値打ちと云う価値の判断基準や、物事や事物が持つ交換価値の本質とされると云う価値の判断基準または、あらゆる個人・社会を通じて常に承認されるべき絶対性をもった特性と云う価値の判断基準としての普遍性に乏しく、例えば、所定の目的を達成するための方便としては、真作よりも模作の方が役に立つ事もあると、私は思量する。

 

7  『諸法』と云う語は、宇宙生命および世界に存在する諸々の物事や事物の秩序を維持するための規範と云う概念を、また、『方便』と云う語は、宇宙生命および世界に関係する或る理念と所定の目的を達成するための諸法に関する方針に沿って目標を実現する行為・活動に係わり、便宜的に用いる方法・手段・工程と云う概念を、さらに、『秩序』と云う語は、物事や事物を支配して因果の道理に則る望ましい状態を保つための順序・筋道・決まり・摂理などと云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

  『実相』と云う語は、一定の条件下で物事や事物が活動し、因果の道理に則り存在する因子要因および特性の現実の様相と云う概念を、また、『特性』と云う語は、或る物事・事物を他と識別するために備わっている特徴と性質と云う概念を、さらに、『要因』と云う語は、或る物事・事物の特性がそう成るに必要な因縁と云う概念を、猶、因子』と云う語は、或る物事・事物の結果を成立させる細胞や分子または元素やイオンや原子などの成分と云う概念を、其々認識するのに用いる。

 

尚、特性は、或る物事または事物に本来備わっている事柄または後から付与された事柄や削除された事柄の何れもあり得、また、対象の物事や事物を構成する、成分となる因子団の種類を特定するが如き是の様子の概念を識別する定性的な特性』と云う語や、成分となる因子団の分量を特定するが如き是の様子の概念を識別する『定量的な特性』と云う語を、其々用いて表現する。

 

また、特性の種類は、例えば、機械工学・電気工学、化学・生物学・生命工学などで概念を識別する『物質的特性』と云う語により表現する類と、視覚聴覚嗅覚味覚触覚閾下知覚(いかちかく)などで感覚するが如き是の様子の概念を識別する『感覚的特性』と云う語や、良心的・邪心的・善意的・悪意的・礼儀正しさ・正直さ・誠実さなどを知るが如き是の様子の概念を識別する『行動的特性』と云う語あるいは、生理学または安全や危険などに関する事実知るが如き是の様子の概念を識別する『人間工学的特性』と云う語、時間的な正確性・信頼性・可用性・稼働性・容易性などに関する事実知るが如き是の様子の概念を識別する『時間的特性』と云う語ならびに、乗り物の最高速度・快適さ・不快さなどある事物・物事が本来備えている働きや全体を構成する個々の部分が果たしている固有の役割の程度を知るが如き是の様子の概念を識別する『機能的特性』と云う語などの『精神的特性』と云う語などにより、其々表現する類に分類されると、私は理解する。

 

9  『放射能』と云う語は、放射性物質が放射線を出す特性や是の如き現象と云う概念を認識するのに用い、また、『放射性物質』と云う語は、ウラン、プルトニウム、トリウムのような核燃料物質や放射性元素もしくは放射性同位体、中性子を吸収または核反応を生起して生成された放射化物質など、崩壊または融合して放射能を保持する物質と云う概念を総合的に認識するのに用いる。

 

ここで、放射性物質が、1秒間に1個の原子崩壊を生起する放射能1 Bq(becqerel;ベクレル)』と云う単位で表現し、また、放射性物質の種類と存在する質量で一意的に決る放射能量Bq/kg)の特性は時間的な要因で変化し、放射性元素が崩壊して、その原子の個数が半分に減少するまでの時間または放射線の強さが半分に減るまでの時間と云う概念の特性は、核種毎に異なる『半減期』と云う語を用いて認識して表現する。

例えば、流す内容が1円玉でも500円玉でも、100個/秒を流す特性値は100ベクレルと勘定する…。

 

尚、放射能もつ放射性物質には様々な種類があり、精力エネルギーが生体に与える影響の程度は、放射能量Bq/kg)ではなく放出される放射線の線量と種類で勘定され、中性子線(中性粒子の流れ)や、一定の確率で原子核が崩壊(壊変)するときに放出される、α線(α崩壊による粒子)、β線(β崩壊による粒子)、μ粒子(μ崩壊による粒子)、γ線(γ崩壊による電磁波)などの放射線のイオン化作用によって、質量1 kg(kilogram;キログラム)の物質に吸収され1 J(joule:ジュール)の精力エネルギーを与える放射線量と云う概念の特性値を『1 Gy(gray;グレイ)』と云う基礎的な単位を用いて表現するのだと、私は理解する。

例えば、流れる数が同じ100個/秒(100ベクレル)という特性でも、素因の持つ特性が、1円玉の場合は百円(百グレイ)で、500円玉の場合は5万円(5万グレイ)と勘定するから、精力量エネルギー量、即ち、仕事が出来る能力は500倍の差がある…。

 

因みに、『放射線密度Gy/h)』という語は、分子の熱運動によって起こる拡散に伴い、特定の場所を1時間当たりに流れる放射線の線量と云う概念を認識するのに用いられ、放射線密度は拡散係数と半減期などから勘定が出来るが、例えば、大気中での拡散係数は風速や風向などの天候の影響を受けるので、特定区域の放射線密度を正確に予測するのは現実的に困難でも、概略の放射線密度は線源からの距離の2乗に反比例して希薄化されると、私は理解する。

 

尚、『被曝』と云う語は、放射線放射性物質にさらされるが如き是の様子と云う概念を、また、『外部被曝』または『体外被曝』と云う語は、体外に存在する放射性物質やなどから発せられる放射線の被曝が如き是の様子と云う概念を、さらに、『内部被曝』または『体内被曝』と云う語は、呼吸や経口や皮膚などの経路を通じて生体内に取り込まれた放射性物質から出される放射線などによる被曝が如き是の様子と云う概念を、其々認識するのに用いる。


因みに、外部被曝体外被曝の影響は、放射線を受けているときに限られ、物質透過性が高いX線やγ線は、体内の深部にある細胞にも影響を与え得るため被曝に注意する必要があるが、物質透過性が比較的低いβ線は皮膚表面近くで吸収されるため皮膚への被曝として取り扱われる、然し、飛程が短く物質透過性が低いα線は、線源近くで直接、皮膚などに被曝しない限り影響は殆どないと、私は理解する。

例えば、同じ精力エネルギーで粒子が大きい場合は、透過性が低いから表面近く損傷が大きいが、紙1枚の透過能力もないと云うα線の場合は、皮膚1枚で防御できる出来ると、私は推察する、あっ、面の皮が十分に頑丈であればの話だが…。


一方、内部被曝体外被曝の影響は、放射性物質が体内に存在する限り続き、体内に入った放射性物質は、全身に均等に分布する場合と特定の1つまたは幾つかの器官あるいは組織に選択的に吸収される場合があり、また、時間の経過と共に新陳代謝や排泄などによって体外に出ていき、被曝する放射線の量は、放射性物質の放射能量Bq/kg)および、放射性物質の壊変;崩壊の半減期と生物学的過程との相乗効果で放射能量が半分になる時間の如き是の如き様子と云う概念を『有効半減期』という言葉で認識する特性に依存すると、私は理解する、現場・現物・現実を観察して納得するまでの経験・知識はないが…


例えば、核実験や原子炉事故などで環境に最も多く放出され、揮発性が高く、“沃素ヨウ素”に似た特性を持つ人工放射性物質ヨウ素131は体内に取り込まれると甲状腺に集まり、甲状腺癌の因縁になると云われる“妖素不要素苦素”の類であり、また、人工放射性物質のストロンチウム90は体内に入ると骨に集まり蓄積れて有害であり、また、人工放射性物質セシウム137生体内での振舞いはカリウムやルビジウムに似て、体内に入ると血液の流れに乗って体中に分配され、濃度は骨組織に数%、筋肉に80%、残りは肝臓その他の器官に沈着する水溶性の有毒物質と云われるが、其々の放射性物質の放射能量Bq/kg)から放射線量Gy)と
放射線密度Gy/h)および有効半減期などの要因を如何なる方便で勘定すべき特性なのかについては適切な情報解釈能力を保有しておらず、被災地付近で生産された飲食物は危険だと知覚するしか被曝量を最小化するための方便がないと思しき現実が、“風評加害風評被害”の因縁だと、私は推察する…。

 

また、『線量当量 Svsievert:シーベルト)』と云う語は、放射線が生体に吸収されたときに細胞を損傷するなどの健康に及ぼす影響の重さまたは確率の予想量と云う概念を、放射線が生体の健康に及ぼす影響の重大性または確率を適宜に勘定するための係数という概念を認識する『線質係数Q)』または『加重係数Q』に、精力当量エネルギー当量J/kg)を吸収する放射線量(Gyを乗じた特性値で認識して表現するのに用いられる重要な単位だと、私は理解する。


因みに、線質係数加重係数Qは、人体の60%以上は水分であることが知られていることから、精力エネルギー特性を『電子ボルトeV)』という単位で認識する放射線の素粒子が、生体内部の細胞に衝突を防止する確率と云う特性値を『衝突防止能L(eV/m)』と云う単位で認識した要因から成る関数として定義される係数だと、私は理解する、十分に納得できるほどの知識と経験はないが…。

 

衝突防止能L(keV/μm) 線質係数Q     線種・核種     

3.5         1      Ⅹ線、γ線、電子、μ中間子

7          2      ?

7.05         2.3       熱中性子

23         5      中性子、陽子

≒53         10      中性子、陽子

175        20            175        20      α粒子、中性子、核分裂片、多重電荷粒子

例えば、同じ金額(グレイ)の通貨でも、世界経済の内部での等価仕事(シーベルトは、通貨発行源の種類などの特性に依存する…。

 

そして、累積被曝線量当量 mSv/期間(一定期間当たりミリシーベルト)』という語は、または1年間もしくは5年間などの一定期間に被曝する放射線の線量当量の危険性または許容性と云う概念を認識して表現する値であり、或る場所に存在する放射線の密度と云う概念を認識する単位である『被曝線量当量密度μSv/h(毎時マイクロシーベルト)』の値にその場に出処して退出するまでの時間を乗じて1000で除した値を累積した線量当量の値を観念して諦めるのが放射線に対する因果の道理に係わる諸法正義秩序を基調とする安全保障と危機管理の方便だと、私は理解する。

 

因みに、一度にまとめて人体に累積被曝線量当量放射線受けた場合の生理学的な閾値(いきち)または、物理学的・工学的なしきい値(“刺閾値”)は、人体の反応の状態に拠り次に示す程度だが、心理的な閾下値(いきかち)は、情報社会情報化能力情報解釈能力が最適化されていないための大幅なバラツキがあると、私は推察する:

  ◆人体の全身に受けた場合(特性の前提となると思しき体重の影響は不明):
   99%超の人が死亡する         :10000
mSv超
   99%の人が死亡する          : 7000~10000
mSv
   50%の人が死亡する          : 3000~ 5000
mSv
   出血、脱毛などが現れ、5%の人が死亡する: 2000
mSv
   急性放射線障害、悪心(吐気)、嘔吐等や水晶体混濁が現れる:1000
mSv

  ◆人体の局所に受けた場合:
   白内障、皮膚の紅斑が現れる: 5000
mSv
    永久不妊となる      : 4000
mSv
    リンパ球が減少する    :  500
mSv。

 

国際放射線防護委員会に依る2007年の勧告では、1年間に浴びて問題ない放射線量を平常時は1mSv/1年間未満、緊急時には20~100mSv/1年間と定めており、平成23年(2011年)3月11日に発生した東日本太平洋沖大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故に際し、国際放射線防護委員会は、日本政府に対して被曝放射線量の許容値を通常の20~100倍に引き上げることを提案したと、私は推察する:


是の如き提案を受けた内閣府の原子力安全委員会は、被災地付近の住民に対して、屋内退避勧告10mSv/1年間、避難勧告50mSv/1年間と云う指針を内閣に提言し、本拠である内閣は、是の如き指針を根拠または依拠として被災地での防災対策を実施していると、私は理解する。

 

事業者は、労働者が電離放射線を受けることをできるだけ少なくするように努めなければならないとして、『電離放射線障害防止規則』(昭和47年9月30日労働省令第41号)が制定された:

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S47/S47F04101000041.html


ここで、『実効線量mSv)』という語は、人体が放射線を被曝したときの影響が、放射線の種類と性質、人体の組織や臓器の種類に因り異なることを考慮し、組織毎に、吸収線量
mGy線質係数加重係数Q)と組織荷重係数QC)を乗じて勘定した特性値を全身について合計した線量が如き是の概念を認識するのに用いる:


因みに、国際放射線防護委員会編、ICRP Publ.60によると、組織荷重係数の値は、生殖腺がQC=0.20、赤色骨髄・結腸・肺・胃は其々QC=0.12、乳房・肝臓・食道・甲状腺・膀胱は其々QC=0.05、皮膚・骨表面は其々QC=0.01、残りの組織QC=0.05として勘定されるから、人類への放射線の影響が最も大きいのは生殖腺であると、私は理解する:


また、『等価線量mSv)』という語は、放射線防護に用いる線量のひとつで
累積被曝線量当量mSv)と同義語だと理解するが、“皮膚に受ける等価線量”とは、防護服などで遮蔽している場合の累積被曝線量当量を当該規則の目的に従い、如何ように勘定をすべきかについて、私は適切な情報解釈能力を保有しない:


放射線業務従事者について許容される累積被曝線量当量の最大値は、次に示す要に規定されている:
 ◆緊急作業に従事する間の累積被曝線量当量の最大値(第7条第2項)
  実効線量については         : 100mSv/緊急作業期間
  眼の水晶体に受ける等価線量については: 300mSv/緊急作業期間
  皮膚に受ける等価線量については   :1000mSv/緊急作業期間

 

◆通常作業に従事する間の累積被曝線量当量の最大値(第4条第1項と第5条)
  実効線量については:100mSv/5年間、かつ、50mSv/1年間
  但し、妊娠する可能性がある女性は:  5mSv/3月間
  眼の水晶体に受けるものについては:150mSv/1年間
  皮膚に受けるものについては   : 50mSv/1年間

 

◆女性が妊娠と診断てから出産までの間の累積被曝線量当量の最大値(第6条)
  内部被曝による実効線量については : 1mSv/妊娠期間中
  腹部表面に受ける等価線量については: 2mSv/妊娠期間中

 

結局、人類が利用している精力エネルギーの全ては、太陽などに於ける所定の秩序に沿った原子核反応に由来しているが、東京電力福島第一原子力発電所の事故は、所定の秩序を乱した事を因縁として生起した果報であるのに、放射線の道理に暗い大衆通信媒体の記者や政治家などに因る“原始書く反応”が、国民の“精神的な核分裂”の連鎖反応を生起させた事実因縁として、多大な“風評加害風評被害”という果報をもたらしたのは紛れもない事実だと、私は判断する。

 

10  五蘊(ごうん)』または『五陰(ごおん)』と云う語は、物質的身体的な作用としての『色蘊(しきうん)』と、感覚作用としての『受蘊(じゅうん)』、表象作用としての『想蘊(そううん)』、意志・欲求などの心理作用としての『行蘊(ぎょういん)』、対象を識別する作用としての『識蘊(しきうん)』からなり、事物・物事の存在を構成する五つの要素と云う概念を認識するのに用いる。

 

尚、色の対比効果の一つとして、一定の色彩の対象が周囲の色の補色と重なって異なる色彩に見える現象を『色陰現象(しきいんげんしょう)』と云う言葉で認識し、表現し、さらに、物事・事物の色・音・調子や感情・意味合いなどに含みや趣・あや・微妙な差異などがある事や是の如き様子を『陰影:ニュアンスnuance)』と云う言葉で認識し、表現するが、これらも五蘊または五陰の類であり、『五陰盛苦(ごおんじょうく)』または『五盛陰苦(ごじょうおんく)』と云う語を用いて認識する概念は、五陰または五蘊の作用が盛んだが、各要素の主効果および/または交互作用の秩序が乱れて、対象の実相観念して諦めることが出来ない状態だと、私は理解する。

 

因みに、人間の持つ根源的な苦悩である生苦・老苦・病苦・死苦に、愛別離苦・怨憎会苦(おんぞうえく)・求不得苦(ぐふとくく)・五陰盛苦または五盛陰苦を加えて、人間のあらゆる苦しみと云う概念を『四苦八苦』という言葉で認識し、表現する。

 

≪その2に続く≫    

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