産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様が、「鳩山首相がマネをした寺島論文の反米媚中」(2009/11/09 15:12)と題した記事を自身の記者ブログに掲載した内容に関連し、日本国の政治が変化する重大な節目において、現実が見えない机上の理想主義の視点からすれば、外交は「親米入亜派」または「媚中反米派」で、安全保障では「国連中心の安全保障の重視派」と思しき寺島実郎さんや鳩山由紀夫さん、小沢一郎さんなどと、外交は「反中従米派」で、安全保障では「軍備拡張・日米攻守同盟強化派」と思しき山際澄夫様や古森義久様などによる、直接的な公開の場で、現在の「立正安国」に係わる討論などをした情報が欲しいところですが、著名な「情報屋」として情報を劣化させる媒体にその実現を望んでも無理だった。
http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/1312321/
産経新聞出身で評論家の山際澄夫様や産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様は、寺島実郎さんや鳩山内閣の外交や安全保障の意見や方針に対して、異論を唱えたのでもなく、反論したのでもなく、抗議したのでもなく、只管に「反中従米・軍備拡張・日米攻守同盟強化の啓蒙」の情報活動をしているだけだが、因果の道理を弁えることができない愚痴に由来して、情報の読み書き算盤(勘定)の機能障害が生起しているている模様だと、私は推察した:
>== 古森記者ブログのコメント欄引用開始 ==
http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/1312321/allcmt/#C1392963
2009/11/13 14:04 Commented by mochizuki さん
日蓮聖人は、幕府の政治方針を批判して「立正安国論」((1260年)で諫言した事柄が、蒙古から幕府へ国書が届いて「他国侵逼難」の危機が現実となった時(1268年)に、北条時宗さん、平左衛門尉頼綱さん、建長寺道隆さん、極楽寺良観さんなど、「立正安国論」を批判する、他宗派との公場対決を要請する書状を送り、実現させたという事実は、「立正安国論」に対する異論・反論・抗議が日蓮聖人にも聞こえていたことの証であり、異論・反論・抗議に対しては公開の場所で正々堂々と対決するのは、「立正安国論」の是非を判断するのは、統治権をもつ幕府であり、「立正安国論」が実行できるか否かは、国民に対する信義の問題であるから当然の態度であると、私は思量する。
此処で、従米体質からの脱却と等距離外交の必要性を唱える寺島実郎さんの論文と、平和的な友愛外交をとなる内閣総理大臣の鳩山由紀夫さんの方針に対して、異論・反論・抗議をとなえている産経新聞出身で評論家の山際澄夫様や産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様は、寺島実郎さんや鳩山内閣に対して、公開の場での対決を要求したのだろうか、要求しないとすれば何故だろうか?
自分達は相手から直接聞いた訳ではないし、自分達の異論・反論・抗議などは新聞や雑誌などで公開してあるから相手もそれを読むのが対等の立場で交渉する姿勢だなどという、因果の道理を弁えない愚痴に由来する傲慢な考えなのだろうか?
然し、産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様が主宰する記者ブログに投稿した異論・反論が悉く消去されるのは何故だろうかという疑いを、因果の道理に沿って分析すれば、産経新聞が掲載する【正論】なる記事は、価値の観念論に由る感情的な方人(かたうど;味方・仲間)に向けたもので、客観性を装ってはいるが、その内容は、道理と証文に基づかない愚痴や、現実の証拠による裏付けを欠く愚痴が主流であるから、価値の実在論に由る勘定的な意見は障魔と見做して編集するのは当然だという結論に至るものと、私は推察する。
2009/11/13 14:13 Commented by 古森義久 さん
mochizuki クン
またまたわけのわからぬ文字を並べてきたな。
本当にキミの日本語は意味がわからないんだよ。
「日蓮聖人」かい?
一つの文章の一つの言葉の部分に「異論・反論・抗議」と三つも言葉を並べないと自分の意図することが表現できない。
散弾銃しか撃てないんだな。
いずれにせよ、キミのゆがんだ頭での思量だ、推察だには、こちらはなんの関心もなし。
なんどかズラ、なんていうブログで遊んでもらえよ。
2009/11/13 15:53 Commented by mochizuki さん ― 削除された
古森義久様(2009/11/13 14:13)
日夜お忙しくご活躍と思しき長老記者様から早速の応答を頂き、有り難いことズラ!
ま、反対解釈をすると、日夜お暇をこいてブログで遊んでいると思しき窓際の席を占める記者様から早速の応答を頂くのは、想定の範囲内で有り易いことズラか?
「異論」という文字列の国語的・文法的な意味は、他の論や意見と相異する論や意見をのべること、また、その議論を指し、「異議」ともいうズラ。
「異論」という文字列の国語的・文法的な意味は、相手の論や批判に反対の論や意見を述べること、または、その議論を指すズラ。
「抗議」という文字列の国語的・文法的な意味は、相手の発言・決定・行為などを不当として、反対の意見・要求を主張することを指すズラ。
それで、一つの文章の一つの言葉の部分に「異論・反論・抗議」と三つも言葉を並べたのは、其々若干意味が違うから、「…自分達の異論・反論・抗議などは新聞や雑誌などで公開してある…」としたのだけど…。
産経新聞出身で評論家の山際澄夫様や産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様は、寺島実郎さんや鳩山内閣の外交や安全保障の意見や方針に対して、異論を唱えたのでもなく、反論したのでもなく、抗議したのでもないとしたら、何をしたかったズラか?
憤晴らしの愚痴を唱えて貶しただけズラか?
もし、そうだとしたら、産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様は、想定の範囲内でしか応答できないということで、因果の道理を弁えない愚痴に由来して、情報の読み書き算盤(勘定)の能力は愚劣ということになるズラね、きっと。
それとも、寺島実郎さんや鳩山内閣の意見や方針の引き立てるための記事ズラか?
もし、そうだとしたら、産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様は、想定の範囲で応答したから、因果の道理を弁えた賢明に由来して、情報の読み書き算盤(勘定)の能力は奇抜ということになるズラね、たぶん。
== 古森記者ブログのコメント欄引用終了 ==<
産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様が、「寺島実郎氏の反米の系譜」(2009/11/10 15:42)と題した記事で、多摩大学学長・三井物産戦略研究所会長・財団法人日本総合研究所会長の寺島実郎さんは、「反米レトリック」を使っている、即ち、反米ではないフリをしながら、反米論調をふりまく人だと称しているが、寺島実郎さんの文章を呼んだ記憶はないがテレびで視聴したことは度々あり、確かに、美辞麗句・巧言を弄することなく、効果的な話し方の技術としての修辞法の用い方が巧みで、論旨と結論が分り易いという印象があるから、文章も然りであることは事実だろうと、私にも推測できる。
然し、荀子の対する人に対して、古森義久様は「反米」という烙印を押すのでしょうか、もしそうだとしたら、荀子の荀子の「是を是とし非を非とする、これを知といい、是を非とし非を是とする、これを愚という」という基準を適用すれば、寺島実郎さんは、「反米ではないフリをしながら、反米論調をふりまく人だ」という評価には甚だ疑問があるが、産経新聞の評価基準として、日本の外交のあり方を、客観的・理知的・勘定的な実在論で唱えることが「反米」に値するならば、古森義久様が件の記事で紹介された内容を見れば、然もありなんというのが、私の印象である。
他方、「国際的にみれば、中道、普通、穏健な産経新聞の報道姿勢に沿って、日夜アメリカの首都からの均衡のとれた情報発信に努めています」と公言している産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様は、ご自身下は美辞麗句を並べ立てたちもりでも、因果の道理を弁えない愚痴に由来して情報の読み書き算盤(勘定)に機能障害が生起していると思しき状況で、「従米」の振りをして「反中」の論調を振りまく稚拙な「情報屋」だと、私は観察している。
尚、「従米」の振りをして「反中」の論調を振りまくだけならば、日本国にはたいした影響はないと思われるが、産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久様の「情報屋」としての裏側には、中国などに対する敵愾心を扇動して「軍備拡張・日米攻守同盟強化の啓蒙運動」を推進する傾向が顕在化しており、安全保障の面で、日本国民の総意を以て日本国憲法に掲げた崇高な理想と目的の達成に向けた努力に対して障害・妨害を加える障魔の姿が、私には見えてきた。
>== 産経新聞古森記者ブログの記事の転載開始 ==
寺島実郎氏の反米の系譜
2009/11/10 15:42
http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/1314073/
いくら著名でも民間の一論者にに過ぎず、それよりもさらに、私は寺島氏の言論をすでにさんざん批判の対象としてきたからです。
寺島氏には長年、知己を得ており、顔を合わせれば、丁重に挨拶をします。
個人的には彼になんの恨みもつらみもありません。
しかし公的な意見の発表はまた別です。
やはり改めて論評の対象にすべきだと考えるにいたりました。
なにしろ寺島氏は今回は総理大臣の影の外交顧問のような役割を果たしているのです。
やはりさらなる論評に値するでしょう。
しかしその前に私がもう6年も前に正面から寺島氏の言論を批判していたことを紹介します。
田久保忠衛氏との共著『反米論を撃つ』でかなりのページをさいて、寺島氏の外交論を批判していたのです。
寺島実郎氏がこれまでもどんな言論をしてきたかを知ることは、鳩山由紀夫氏の思考の背景を知ることにもつながります。
上記の書のなかに「寺島実郎という反米レトリック」という項目があり、田久保氏と私が対談の形で語っています。
そのなかの私の発言は以下のようでした。
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「寺島実郎氏はひと口でいうと、反米ではないフリをしながら、反米論調をふりまく人ですね。
アメリカに対する政策をまじめに考えるときには絶対に触れざるを得ない日米安保条約へのスタンスにしても、はっきり反対とは言わないけれど、総括すれば、事実上の反対となります。
その反アメリカの主張には情とも理とも区別できない、いろいろな要素がごちゃまぜに入っています。
それらをすべて合わせても、所詮はとらえどころがなく、政策論たりえません。寺島氏の論調はレトリックによる実体のごまかしが目立ちます。
その手法はカギ括弧の多用です。自分が反対する対象は『力の論理』とか『力こそ正義』などと、カギ括弧でくくり、やたらと単純化、悪魔化します。
アメリカの政策が果たして『力の論理』だけなのか。
そんな単純ではないでしょう。
しかし寺島氏はアメリカの複雑で多様な対応をもすべて『力の論理』という自分勝手な表現でまとめ、ネガティブな言葉のパッケージをつくってしまいます。
『力の論理』とか『力こそ正義』という短絡的な態度がよくないのは自明です」
(つづく)
========
寺島氏のカギ括弧乱用のトリックについて、私はさらに詳しく述べています。その紹介は回を改めます。
―――
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>== 産経新聞古森記者ブログの記事の転載終了:コメント欄引用開始 ==
2009/11/14 20:44 Commented by mochizuki さん ― 削除された
古森義久様
読み書き算盤(勘定)の学習をしませんか?
一般的に、「力」という文字列の国語的・文法的な意味は、“物事の静止あるいは運動している状態に変化を起こさせたり、物事に変形を生じさせたりする作用”という概念を認識または表現するのに用いる語だと解釈するのが普通の読み書き算盤(勘定)でしょうね。
また、「力の論理」という文字列の国語的・文法的な意味は、“力についての考えや議論などを進めていく筋道や思考や論証の組み立てまたは思考の妥当性が保証される法則や形式”という概念を認識または表現するのに用いる語だと解釈するのが普通の読み書き算盤(勘定)でしょうね。
さらに、「力こそ正義」という文字列の国語的・文法的な意味は、“力こそが、因果の道理に沿った正しい意義または正しい解釈である、もしくは、人間の社会行動の評価基準で、その違反に対し厳格な制裁を伴う規範である“という概念を認識または表現するのに用いる語だと解釈するのが普通の読み書き算盤(勘定)でしょうが、正義を行うには力が必要だが、正義のない(邪悪な)力は暴力に過ぎないと幼いころしどうされませんでしたか?
尚、「政治」という文字列の国語的・文法的な意味は、“或る社会の対立や利害を調整して社会全体を統合するとともに、社会の意思決定を行い、これを実現する作用にまつわり、権力の獲得と維持をめぐる争いおよび権力の行使に関係する現象”という概念を認識または表現するのに用いる語だと解釈するのが普通の読み書き算盤(勘定)でしょうね。
また「政策」という文字列の国語的・文法的な意味は、“政治を実施する上での方針や方策または支持目的を遂行するための手段”という概念を認識または表現するのに用いる語だと解釈するのが普通の読み書き算盤(勘定)でしょうね。
<続く>
2009/11/14 20:47 Commented by mochizuki さん ― 削除された
古森義久様
2009/11/14 20:44の続き
ということで、アメリカ合州国に限らず日本でも中国でも、「政治」を“止動”する源は「力」であり、すべての「政策」は力を背景に成り立っており、“止動”に誤りがあっても御者に「力」があれば、牛馬は、始動したり停止したりすると、指導されたのが「力の論理」についての、私の初歩的な知識です。
従って、アメリカ合州国に限らず日本や中国が、如何に複雑で多様な対応をしても、積極的または肯定である様子(ポジティブ)でも、消極的または否定的である様子(ネガティブ)でも、政治的・外交的な行動や減少はすべて「力の論理」という単純な表現で普遍的にまとめられますよね。
然し、寺島実郎さんが「力の論理」とい単純な表現で普遍的にまとめると、“ネガティブな言葉のパッケージ”という印象を受けるのは、普段から、邪悪な力を行使して他を虐めているから後ろめたい感情あるのか、または、他から虐められたバター犬(battered dog)に特有な感情なのか、それとも、寺島実郎さんに特別な恨みやつらみがあるのでしょうか?
ところで、「力」には、経済力・軍事力・圧力・耐力・知力・暴力など様々な種類が或るから、「力の倫理」と一口に言っても、その方便は複雑且つ多様なのは当然だが、其々の力は、因果の道理に従って、普通に平和的で安全な使い方をするのが正義けど、そういうウ使い方は当たり前すぎて目立たないし、当事者以外の印象には残らないけど、アメリカ合州国も正義の使い方をするのが大部分でしょうね、たぶん。
問題は、愚痴的な感情と理知的な勘定の変数として、様々な苦素と要素が混交して変化する節々で其々の苦素と要素が働く因縁に係わる目的および主効果ならびに交互作用を分析して、進退が窮まった状態で決断をせまられる最後の場面、即ち、「土壇場」の状態で、如何なる種類の力を、何所の部分に、如何ほど作用させれば如何なる成果が得られるかを考察して、費用対効果の極小化または利益対効果の極大化を図る方便を決めるのも「力の論理」の範疇だが、昔は、アメリカ流の交渉術は「脅し・ハッタリ・強攻手段」で、日本流の交渉術は「阿吽の固有・腹芸・NOといえない拒否」だから気をつけろとよく言われたことを、私は憶えています。
<続く>
2009/11/14 20:49 Commented by mochizuki さん ― 削除された
古森義久様
2009/11/14 20:47の続き
因みに、土壇場でアメリカ側が良く使う力は、因果の道理を弁えずに恣意的な秩序を押し付けて安寧を乱す因縁を作るような事例が多かったことは、紛争の因縁を分析すれば明らかであり、端的な証例として、テロリストの掃討/撲滅を戦略目標としているアフガン戦争や、泥沼化を予想する言論・報道を“恥辱の殿堂”に置いたイラク戦争の方便として用いている力が正義だと主張するならば、アメリカ合州国の「力の論理」は「力こそ正義」と見做しているのだと私は推察します。
そこでで、寺島実さんの論文も、古森義久様と田久保忠衛氏との共著『反米論を撃つ』も呼んでいないし読む気もありませんが、「寺島実郎氏はひと口でいうと、反米ではないフリをしながら、反米論調をふりまく人ですね。アメリカに対する政策をまじめに考えるときには絶対に触れざるを得ない日米安保条約へのスタンスにしても、はっきり反対とは言わないけれど、総括すれば、事実上の反対となります。」という件について、そのような結論になる論理と論旨が理解できませんが、例えば、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」の範囲を逸脱して、実質的には「従米的な日米攻守同盟」になってしまった、日米安保条約に反対する人に対して、古森義久様は「反米」という烙印を押すのでしょうか、もしそうだとしたら、荀子の荀子の「是を是とし非を非とする、これを知といい、是を非とし非を是とする、これを愚という」という基準を適用して、古森義久様に「愚」という称号を捧げます。
次に、「その反アメリカの主張には情とも理とも区別できない、いろいろな要素がごちゃまぜに入っています。それらをすべて合わせても、所詮はとらえどころがなく、政策論たりえません。寺島氏の論調はレトリックによる実体のごまかしが目立ちます」という件について、小森義久様と寺島実さんとの間で、情報の読み書き算盤(勘定)の方便に齟齬があるということでしょうが、色々と披瀝していただいた古森義久様の能力から推し量ればそのような論説になるのも当然の現象かと、私は思量します。
<続く>
2009/11/14 20:52 Commented by mochizuki さん ― 削除された
古森義久様
2009/11/14 20:49の続き
次に、「その手法はカギ括弧の多用です。自分が反対する対象は『力の論理』とか『力こそ正義』などと、カギ括弧でくくり、やたらと単純化、悪魔化します」という件ですが、一般的に、二重かぎ括弧は、『特別の種目に属するものの名称』を表す場合に用いる『約物』ですから、寺島実さんは、『力の論理』とか『力こそ正義』とかいう語が単純化した特別な種類に属する名称だということを明確に区別して、効果的な書き方の技術としての修辞法を用いたのは事実でしょうが、美辞麗句・巧言に相当するか否かは分らないですね。
然し、『力の論理』とか『力こそ正義』という文字列を読んで、“悪魔化していると”と古森義久様が勘定したならば、古森義久様の深層心理の中に、アメリカが方便として用いる力は悪魔の作用がある“という、バター犬(battered dog)としての潜在意識があるのかも知れませんね…。
―――


by mochizuki
『形式犯』と『実質犯』および…